Interview

人間の脳は平均7時間寝るのが最適な作り。短い睡眠時間でごまかす方法はありません – 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 柳沢 正史さん

text by : 編集部
photo   : 編集部,筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構

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ナルコレプシー(睡眠障害)の原因に繋がる物質「オレキシン」を1998年に発見、その後も睡眠研究の世界をけん引し、世界でトップレベルの睡眠研究拠点「筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)」の機構長を務める柳沢さん。
「人間の脳は平均7時間睡眠を必要とする作りなんだ」「短い睡眠時間でごまかす方法、あれは全て嘘」
本当に質のいい睡眠をとるには?世界トップレベルの研究拠点が導入する手法などをお聞きしました。

 


■脳波が発見されてからも、睡眠研究はずっと飛躍的進展がなかった。


―IIISは世界的にも最先端の睡眠研究拠点ですが、睡眠研究はどういった歴史を辿ってきたのでしょうか?

睡眠研究って、長い間、時代から取り残されていたんです。
約100年前に脳波が発見され、やがて睡眠状態・覚醒状態が脳波に反映されることも判明して、その後よく知られている「レム睡眠・ノンレム睡眠」が発見されます。これが1950年代のことです。

でも、その後は医学・生物学や他の神経科学の発展スピードに比べると取り残されていました。1990年代後半、僕が睡眠研究の世界に入った頃に、脳内に眠気を誘う物質があるのではと、「睡眠物質」を探す研究が注目されつつありました。

「睡眠物質」の探索には、日本人が昔から貢献してきました。生化学者の早石修先生による「プロスタグランジンD2」という眠気を誘う物質の発見や、手前味噌ですが僕らによる「オレキシン」の発見などです。オレキシンが脳内でなくなると、ナルコレプシーという睡眠障害になることも判明しました。

 

―ナルコレプシーは昼間でも突然眠気が襲う病気のことですね。

はい。ちなみに「カフェインを摂取すると覚醒作用がある」と言われていますが、あれはアデノシンという、眠気を強く誘う脳内物質が関係しています。カフェインを摂取するとこのアデノシンの受容体がブロックされるので、その結果脳が覚醒してしまう。

逆に僕が発見したオレキシンは、覚醒状態の維持・安定化の役割を果たすことがわかってきて、その後研究が進歩しました。

 

―覚醒を維持する物質だから、減ると眠くなるんですね。その後は?

次の契機は2007年です。光や薬物によって、脳内の特定の神経細胞をリモートコントロールする、オプトジェネティクス(光遺伝学)とかケモジェネティクス(薬理遺伝学)と呼ばれる技術が開発されました。

この技術は睡眠研究にも影響を与え、覚醒・睡眠状態を切り替えるメカニズムを研究するために積極的に導入されてきました。そのおかげで、ここ10年くらいは「睡眠の神経科学」がちょっとしたブームになって、世界的な科学雑誌にも頻繁に睡眠研究の論文が掲載されています。

 

―新しいアプローチのおかげでこの10年は盛り上がっている。

もう一つ大事な話があります。21世紀に入って「ショウジョウバエも眠る」ことが発見され、注目を浴びます。ショウジョウバエは遺伝学の強力なモデル生物なので、この発見を契機に、「睡眠の遺伝学」が15年くらい前から始まり、このアプローチからも睡眠の研究が盛り上がっていきました。

ただ、ハエと人間では進化の系統樹でいえば全然別物ですよね。そこで僕らは睡眠遺伝学をよりヒトに近いマウスでやったんです。睡眠覚醒の制御において重要な役割を果たす遺伝子を発見し、7年越しの論文を昨年ようやく出すことができました。今日における睡眠研究の最先端だと思います。

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※インタビュー中にある「マウスで実験した睡眠遺伝学の、7年越しの論文」は昨年発表された(画像引用:Natureウェブページ

 

 


■世界的に見ても日本と韓国は寝不足の国。


―遺伝子の話が出たのでお聞きしたいのですが、国や民族ごとに睡眠における課題は変わるのでしょうか?医学の領域によっては、人種間で大きな差があるという話を聞きます。

睡眠の基礎生物学的側面に限って言えば、僕が知る限り、ほとんど人種や民族による先天的な差は無いですね。
先ほどナルコレプシーの話をしましたが、アジアでも欧州でも、ナルコレプシーに罹っている人はどこでも「1,000~2,000人に1人」の割合です。

唯一大きな差が出るのが、生活習慣とか社会的な働き方の違いによるものですね。例えば世界的に見ても日本と韓国は圧倒的に「寝不足な国」です。

 

―日本人はやはり寝不足なんですか。たしかに睡眠の話題は多い気がします。

「短い時間で効率よく睡眠をとる」とよく言いますが、あれは不可能です。大人は平均7時間程度の睡眠が必要です。個人差があっても殆どの人は6~8時間の間です。

これはヒトの生物学的な特性で、ごまかすことは不可能なんです。
短時間の睡眠を煽るような書籍や商品がいろいろ発売されていますが、全てが嘘と言っていいでしょう。

確かに、例えば5時間未満の睡眠量でも足りるようショートスリーパーがいることはわかってきましたが、極めて稀なケースです。
今、毎日5~6時間の睡眠時間で過ごしている人は、殆どが慢性的な睡眠不足状態です。

 

―よく「寝だめ」って言いますけど、あれはどうなんでしょうか。

睡眠は「借金を返すことはできても、貯金はできない」ものなんです。
平日の睡眠が足りていない人が、週末の休日に沢山寝るというのは、平日分の借金を返している状態。

でも貯金はできないので、土・日に10時間寝たとしても、月曜に5時間睡眠ならもう次の日からは睡眠不足状態です。

 

―自分が質のいい睡眠、必要な睡眠が取れているかを判別する方法はありますか。

個体差があるので難しいですが、「睡眠不足かどうか」を知る指標はあります。

それは「昼間に眠気を感じるか」と「平日と週末の睡眠時間に2時間以上差があるか」。退屈な会議などで眠くなるのは仕方がないとしても、寝そうになるとか本当に眠ってしまうようなら、睡眠不足でしょうね。

また、本当に睡眠が足りているようであれば、平日も週末も同じような時間眠り、起きることができます。週末に睡眠時間が2時間以上多くなるようなら慢性的な睡眠不足に陥っています。

 

―最近、シエスタとか昼間に短い睡眠をとるという話題もありますが。

あくまで非常手段ですね。慢性的な睡眠不足状態なら、昼寝をするほうが確かにマシです。
ただ、必要な睡眠量が確保できている人は「昼間に寝ようとしてもなかなか寝られない」のが普通です。

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IIISの執務スペース、カジュアルな雰囲気で研究施設というよりIT企業のオフィスのようなオープンな印象

 


■質のいい睡眠に重要な「光」「音」「温度・湿度」


―いい睡眠をとるために大事なことってなんでしょうか。

睡眠の質を上げる、簡単な方法があります。それは「寝室の環境を整える」というもので、3つあります。
1) 暗くする
2) 静かにする
3) 温度・湿度を快適に保つ

どれも当たり前に思うかもしれないけど、意外と皆さん無頓着です。

寝ている間でも人間の聴覚中枢や視覚中枢は働き続けていて、脳は反応しています。
ですから電気がつけっぱなしとか、周囲の物音、特に放送も含め人の声が聞こえる状態では、睡眠不足ならそのまま寝られるでしょうけど睡眠は浅くなります。

 

―温度と湿度というのは

よく、夏にクーラーつけたままだと体によくない、と言いますが、あれは嘘です。
風が直接当たるのは、皮膚温度が下がるのでよくないですが、日本の真夏は夜でも室温が30度近くなる日もあるし、湿度も高い。

 

―蒸し暑くて起きることもあります。

そう、蒸し暑くて眠れないとか、真冬に布団被っても寒いような環境で、深くて質のいい睡眠がとれるわけがないんです。
室温を夏ならだいたい26度以下、冬なら20〜22度前後、に保つように、クーラーや、空気を汚さない暖房器具をつけておいたほうがいいんですよ。

光、音、温度湿度。睡眠時にこの3つをケアするだけで睡眠の質は改善します。

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研究の傍ら、睡眠で困ってる人を少しでも救いたいという思いから一般の方向けの講演も行っている。7月7日に日比谷で開催される講演は既に多くの席が埋まっているという

 

 


■アメリカの研究機関から取り入れた「フラットで上下関係のない組織構造」


―睡眠研究の分野で、日本以外の国はどういう状況でしょうか?

冒頭にもお話ししたとおり、日本はかなり世界の中でも頑張っています。
例えば、中国は色々な研究分野で注目されていますが、睡眠研究分野では著名な研究者もあまり出ておらず、日本は全然負けていません。

一方、アメリカは研究者人口も多く、医学・生物学領域全体でも睡眠研究でも、かなり日本の上をいっていると思います。近年のオプトジェネティクス、ケモジェネティクス分野への貢献などです。
とはいえ、日本発の手法を使った新しい論文も活発に出ていますし、日本でも頑張っている人は結構いますね。

 

―いまアメリカ、日本、中国という国名が挙がりました。他に注目する拠点などは?

研究拠点ではないんですが、ヨーロッパにも睡眠研究で注目すべき人物が10人くらいいます。
そもそもサイエンス領域は、国境のないユニバーサルなものですけどね。

 

―IIISの特色はありますか?ウェブサイト上には柳沢先生のメッセージで「米国の経験を活かし、システムのいいところは学び~」とあります。

あのメッセージは組織の運営手法を表しています。
僕はアメリカの研究機関で24年間PI(Principal Investigator、主任研究者)をやっていましたが、日本と一番異なるのは、研究所内のヒエラルキーのなさです。「PI」と「PI以外」、基本的にこの2つしかない。

 

―フラットな組織で上下関係がない?

そうです。アメリカには、各PIを取りまとめる「デパートメントチェアマン」がいますが、PIの上司ではないのです。PIの下で働くポスドク、テクニシャン、学生も、経験の浅い深いはそれぞれあっても、指示を出すのではなく、経験のある人が浅い人に教えあうような関係です。上下関係ではないですね。

IIISもこれに近く、上司・部下ではなく基本的にみんな並列。日本の研究機関ではかなり珍しい組織体系です。

 

―その手法は研究活動にいい効果がありますか

いいと思います。
正直、僕はほとんどアメリカで活動していたので、日本の研究機関については伝聞が中心ですが、話を聞くと息苦しそうです。研究室間の垣根があり過ぎて、トップにいる教授同士が話さないと現場同士で何もできない。

IIISには9つの研究室がありますけど、異なる研究室の学生同士が僕の知らないうちにコラボレーションしています。施設もドアで隔てられたりしていなくてオープンですし、ラボ間の垣根がない雰囲気です。

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取材時に案内頂いた各研究施設では、かなりカジュアルな服装で研究業務に取り組んでいたのが印象的だった。撮影に応じて頂いた博士課程1年の谷田さんは、修士課程に進む前からIIISで研究したいと思っていたそう。

 

 


■睡眠以外の異なる分野との共同研究は、やらなければいけない必須項目


―研究機構の外とはどういう活動をしていますか。

これもアメリカでの手法を踏襲しているのですが、外部から人を招いて講演してもらうセミナーをシリーズ化しています。IIISに来ていただいた講演者はもれなくPI全員と30分ずつくらい会ってもらうんです。

これをやると最低でも半日は掛かるのですが、ひたすらPIと雑談してもらって、その人同士の共同研究が始まったり、知人からさらに人の輪が拡がったり、アイデアそのものが生まれたりすることもあります。

IIISの設立から約4年で100回以上こうしたセミナーをやっていますけど、日本の大学ではこういう形式の講演招待をやっているところはほとんどないみたいですね。

 

―共同研究の話題が出ましたが、睡眠に限らず色々な分野と繋がりを持っていきたいですか?

もちろんです。むしろそれをやらなければ研究が進まない、必須項目です。
繋がり方は色々で、共同研究だけではないと思いますけど。

 

―今後、睡眠研究を推進するために、絡みたい領域とかありますか。

たくさんありますね。
既に国内外、企業との研究所とも共同のプロジェクトが走っていますし、これからも増えると思いますけど、そもそも「ちょっと違う分野の人たち」とやるのがいいと思います。

例えば、いま流行りの【腸内フローラ】と睡眠がどう組み合わさるか?とか、【認知症】の研究において、睡眠の改善がどう関わっているかとか。そういう横断的なつながりを作れるかどうかは、研究者として必要な能力です。

 

―外部と共同でプロジェクトを進めるときに大事な事は?

現場のPIや若い研究者たちはどんどん共同研究を進めようとしていますから、機構長としての僕はなるべく多くのチャンスを与えるために、環境を整備することを大事にしています。

あと、心がけでいえば、プロジェクトに関わる両者が研究内容そのものを「大事だ、これはやる価値があることだ」と根っこから信用しあう事です。「やらされ感」があるとうまくいきません。お互いが納得して、お互いのことをリスペクトしている関係が大事です。

 

―相手は自分の知らない知見を持っている、と。

そう、相手が自分が考えつかないことを考えつく、自分の知らない手法をマスターしている、そういうことに価値を感じる。ここさえクリアしていれば、組織の文化が違うとかで問題が起こったとしても最後は何とかなります。

海外の製薬企業から講演者

海外の製薬企業からゲストを招待して開催されたセミナーの様子。PIとのディスカッションを通じて新たなプロジェクトが立ち上がる事もあるらしい(※一部加工を施しています)写真提供:筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構


■睡眠不足で「悩んでいない」ことが現代社会の問題



―将来的に、睡眠研究を通じて5年先10年先をどうしていきたいですか?

難しい質問ですね。こうしていくというより望みですが「睡眠の重要性、必要な分だけ寝ることの大事さ」を世の中に浸透させていければと考えています。

 

―それによって睡眠で悩んでいる人が減るとか

いや、もっと根深いところで「睡眠不足で悩んでいる」ことではなく「悩んでいない」ことが現代の問題だと思います。
自分は毎日5時間睡眠だけど、何ともなく過ごせているとか、自覚がないことが一番怖い状態です。

 

―健康とか身体に関することって、体質が変わって自覚できるまで時間が掛かることもあると思いますが、「適切な睡眠をとるとこんなに変わるのか!」と自覚するために必要な期間はどれくらいですか?

1週間もあれば十分です。人によっては1日で自覚できることもあります。
休日や長期休暇ではなく、普通の仕事の日に、騙されたと思って毎日7時間の睡眠を確保する。いつもと同じ生活サイクルの中で1週間試して欲しいです。

 

―それは、なにか調査結果とかあるんですか?

広島大学で睡眠健康に取り組む林光緒先生が面白い試みをしています。
彼は、入学直後の1年生達を対象に、約2週間×2回、睡眠日誌をつけてもらうような授業をしています。はじめの2週間では、睡眠の記録をとることにより自分の睡眠時間を可視化していきます。これだけでは睡眠は改善しないため、次の2週間では、光と音と温度湿度など快適に保ったり、平均7時間の睡眠をとることで、自分のパフォーマンスがどれぐらい変わるかを体感してもらいます。すると、多くの学生が「世界が違う」と言うのだそうです。

 

―睡眠が改善されて、世界が変わったんですね。

それまでの日常が、いかにぼやけた世界だったのかと、口々にそう言うのだと。
大学を卒業してからも長い人生を歩む若者たちに、とても素晴らしい授業をされているなと思います。
僕は今度7月に日比谷でも講演をするのですが、そこでも人間の脳は平均7時間寝るのが最適な作りになっているから、短い睡眠でどうにかする方法はないんだ、という話をする予定です。

 


柳沢 正史 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 機構長
1960年東京生まれ。筑波大学大学院博士課程修了(医学博士)。米国科学アカデミー正会員。
1998年に睡眠・覚醒を制御するオレキシンを発見。テキサス大学サウスウェスタン医学センター兼ハワード・ヒューズ医学研究所研究員を経て、2010年に内閣府・最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の採択を受け母校に研究室を開設。2012年に文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)を設立し機構長に就任。2016年、紫綬褒章を受章。睡眠・覚醒の謎を解明すべく世界を舞台に日々奮闘中。

 

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)

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