Interview

(後編)WIRED日本版 編集長 若林恵さんインタビュー 「ぼく、″イノベーションは素晴らしい″なんて一度も言ったことないんですよね」

text by : 編集部(聞き手:astamuse.comディレクター 波多野智也)
photo   : 編集部

1993年アメリカでの創刊以来、テクノロジーやデジタル革命についていち早く取り上げてきた『WIRED』。

その日本版の編集長を2012年から務め、ウェブサイトWIRED.jpの展開や様々なイベントにも登壇する若林恵さんに、イノベーションについて思うこと、世界から見た日本、働き方などについて話を聞いた。

 


 

 

インタビュー前編の後半で、日本人の特性や問題点についてお話されていましたが、WIRED編集部内や社外で連携する人たちは日本人中心ですよね?編集部での業務を進めるにあたり、心がけていることはありますか?

 

基本的には、外資系メディアですので、海外でやっているやり方をできるだけ踏襲する必要があるのですが、出版の仕組みが日本という国にカスタマイズされた独自の形になっていることで、ズレみたいなものが出てくるのは感じますね。向こうは原則的に「パブリッシャー」の領域と「エディター」の領域とがかなり明確に切り分けられていまして、つまり広告案件にエディトリアル部門は関与しない、ということが元来あるんですが、日本では、そこが曖昧に推移してきたということがあります。

最近、海外ではネイティブアドという形でこれを少しずつ融合しようって動きはあるんですが、それに対して日本は、「むしろちゃんと切り離さないとね」という議論になっていたり、ちょっとネジれが起きていたりします。

 

―状況も現状に至る背景も異なるんですね。

 

いまWIREDで展開しているスポンサードコンテンツは編集部が手を動かしてつくっていますが、編集部は関与せず、本国のように、広告チームが編集を担うような形でつくるやり方はあってもいいのかなとは思います。

一般論としていえば、従来のやり方のせいでメディアが編集プロダクション化していってしまった、という経緯もありますから、そのやり方からの脱却は模索したほうがいいと思います。

 

―WIREDのようにウェブメディアと紙のメディア、を両方運営する上で大事にしている考え方などはありますか?

 

ウェブやその他のチャンネルがプリント版の補完物であるという考え方はしないようにしています。両方が対等に事業化されていて、ちゃんと自立性をもっていることがすごく大事なんじゃないですかね。というのも、紙とウェブって直接的にはシナジー効果を生みづらい。

雑誌とウェブのお客さんを相互に交換しあったらいいんじゃないか、みたいなイメージを描きたくなるんですけど、実際はなかなかそういうふうにはならない。そこは難しい課題です。

 

―確かにそういった「雑誌とウェブの双方向性がある」と考えている人は多いと思います。

 

各チャネルの上位レイヤーに「WIRED」というブランドがあって、それをどう訴求するかが重要かなと。

あと最近思うのは「ウェブってどこにもいかないな」ってことです。

 

―「ウェブがどこにもいかない」とはどういうことですか?

 

うまく言えないんですがウェブの情報って行き止まりな気がするんです。

「月間UUが200万人」とか言っても、それって、200万人の「マス」ではなく、200万人の「個人」とメディアが1対1でコミュニケーションしている感じなんですよね。個人のなかで留まって行き止まり、という感じです。

メディアの情報に接するときって必ずしも「自分が知りたい情報を知る」ことを求めているわけじゃないと思うんです。むしろ「他人が何を知っているかを知る」ことのほうが大事な気がする。たとえば電車の吊り広告って、「自分も見ているけど他人もこの広告を見ている」という状況自体が情報なんです。

ウェブにももちろんそういう仕組みはあるんですが、基本閉じちゃうんで、吊り広告のような「社会性」を帯びない気がするんです。ウェブ上で「バズった話題」があっても、会社や学校に行っても、おそらくその話題を知らない人のほうが大多数だったりするじゃないですか。

そういう意味でいうと、フィジカルな商品(紙のメディア)があるというのは、やっぱり強みなんですよ。店頭に並んで、不特定多数の眼に物理空間のなかで触れるということには、はかりしれない意味がある。

 

―2013年にWIREDで「未来の会社」「新しい働き方」を特集されましたが、2年経過し当時取り上げた内容を振り返ってみて、「働き方」についていまどうお考えですか?

 

当時特集で扱った新しい流れに着実に向かっているなとは感じますし、リモートワークとかそういった新しい選択肢についても、それぞれの企業が個々の状況にあわせて、それを採用しないという選択肢も含めて検討していくことになるんだろうなとは思います。

会社というものも、これまでの仕事のありようも、どんどん変わっていくことにはなるんだろうと思いますけれど、新しい状況への対応ということを考えたときに、どれくらい人材がいるのか、という課題はあると思います。

 

―新しい状況に対応できる人材が不足している、と?

 

昨年に特集した「ファッション」の業界についていえば、業界全体が変わらなければいけない、もっとITを取り入れなければいけないといった問題意識は、みんなもっているんですが、じゃあいざ何かやってみようとなると、両方のことをわかっている人材がいないことに気づくわけですね。

ファッションなんていう複雑な産業構造をもったところに入っていってそこの課題を解決しようとなれば、それなりの知識もノウハウも必要で「ITできます」というだけでは、なかなかうまくいかないんだと思うんです。それは旧来型の出版とウェブメディアみたいなところですらそうなんです。

 

―「両方できる人材」がなかなかいない、ということですね。

 

と思います。ですから人が流動化することって大事なんです。さっきの「ウェブと出版の話」にしても、アメリカなどを見ていますと、ウェブメディアというものが90年代に出てきて、いち早くその領域に飛び込んだ雑誌や新聞出身の人が経験を積むことで、今度は旧来の紙媒体も知りつつウェブの知見もあるというハイブリッドな知見を買われて出遅れている媒体のデジタル部門に呼ばれるみたいなことが、繰り返し行われてきたように見えるんですね。そうやってハイブリッドな知見をもった人の下で働く人たちが、自然とその両方の知見を身につける機会を得ることで、旧来の紙媒体にあった「良さ」も移植されていく。そういう積み重ねって重要だなと思うんです。

 

―人材の流動化が、ハイブリッドな人を増やし、別業界の課題を解決していくんですね。

 

ある業界の問題に取り組もうとなった時に、IT側の人はまず「その業界の価値観」や「積み重ねてきたもの」への理解が無いといけないと思うんですよ。そうでないと、まず何を壊したらいいかもわからないわけですから。

こうした学習のプロセスが大事なんだと思いますけど、これって時間がかかるんですよね。逆に言うと、いまそういう人たちが育ちつつあるということなんだと思います。

 

―流動化が大事とわかっても実際に自ら動ける人はごく一握りで、本当は動きたいけど動けない・決断できない人も多いのでは、と思います。

 

そうですね。実際にはハードル高いだろうなって思います。ずっとひとつの業界で仕事に打ち込んできたのが、「はいこれからは新しい時代です。新しい価値観で働きましょう」って言われても、その時点で仮に40歳近くになった人が、それまで積み上げたものや立場を捨てて、さあ新しいところへ飛び込もうっていっても、それはなかなか酷な話です。

 

2013年には「未来の会社」と題し、モバイル化やクラウド化の波などの様々な変化によって、どのように会社や働き方が変わるか?を特集した。
2013年には「未来の会社」と題し、モバイル化やクラウド化の波などの様々な変化によって、どのように会社や働き方が変わるか?を特集した。

 

―お話聞いていると、全員が動けるわけではないのだからより「最初に動く人たち」の存在が大事だと思いました。

 

そうですね。あとは双方の歩み寄りが大事かなと思います。新しいことが即正しいわけではありませんし、逆に古いものだから正しいというわけでもなく。僕自身も紙媒体出身でウェブのやり方なんて知らないところから、ウェブを見なきゃいけない立場になったわけですが、そのやり方を理解していく上で、当時議論したり一緒に考えたりしてくれるウェブ・パブリッシャーの仲間がいたのはとてもよかったんです。その彼から学んだことは多いと思っています。

 

―違う領域同士の仲間が歩み寄りながら、WIREDを作られたんですね。

 

最初はお互い理解できないのが当たり前と思って地道に、根気よくやり合うのが大事なんじゃないでしょうか。いきなり目的地に行けるわけはないので。

昔ショーン・パーカーがナップスターを立ち上げて、最初はイケイケだったけど色々と問題が出てくるなかでナップスターは志半ばで潰れるじゃないですか。その後にダニエル・エクがSpotifyというサービスを掲げてスウェーデンから出てくるんですが、Spotifyがアメリカ進出する際に手を貸すのが、ショーン・パーカーなんですね。

彼は、きっと過去の自分の学びを活かせると思ってダニエル・エクをサポートしたんです。そういうの美しいなと思うんです。ショーン・パーカーのみならず、音楽業界全体が学びを獲得しているんですよね。

要は、はじめからうまく行くとわかっていてやれる話なんていうのはないんですよ。やってみて、その都度修正していく。その過程で、個人も業界全体も学びを獲得する。そうやって一歩ずつしか世の中は進まないと思うんです。時間が掛かるので辛抱が必要。これつまらない話ですね(笑)。

 

―いや、そんなことないです(笑)  若林さんのお話しにはひとつの考え方に固執しない柔軟さのようなものを感じるのですが、元々あった素養なのか、過去の学びの獲得によって得たものなのか、ご自身でどう思いますか?

 

どうでしょうね。AB型のてんびん座なので、そもそもひとつのところに固着できない資質はあるのかもしれませんが、編集者ってミーハーでありながら、ものすごく「うがった」ところがないとダメな職業だと思うんです。

ぼくはとにかくそういう天邪鬼な先輩に囲まれて編集者のなんたるかを身につけていったので、その影響は大きいのかもしれません。ものごとのコンテクストを見る仕事なので、ものごとをいろんな角度から見られることがスキルとしても重要だと思っています。という意味では、職業病みたいなところもあるんじゃないですかね。

  • 2015年7月13日発売号 WIRED VOL.17~食の未来~
  • WIRED最新号発売に寄せて公開された若林さんのEditors Letterはこちら
  • (前編)WIRED日本版 編集長 若林恵さんインタビュー 「ぼく、″イノベーションは素晴らしい″なんて一度も言ったことないんですよね」