Interview

(前編)WIRED日本版 編集長 若林恵さんインタビュー 「ぼく、″イノベーションは素晴らしい″なんて一度も言ったことないんですよね」

text by : 編集部(聞き手:astamuse.comディレクター 波多野智也)
photo   : 編集部

main

1993年アメリカでの創刊以来、テクノロジーやデジタル革命についていち早く取り上げてきた『WIRED』。

その日本版の編集長を2012年から務め、ウェブサイトWIRED.jpの展開や様々なイベントにも登壇する若林恵さんに、イノベーションについて思うこと、世界から見た日本、働き方などについて話を聞いた。

 


 

―近年、専門誌だけでなくテレビ番組や一般の雑誌・書籍等で、ドローンやアンドロイドなど最新技術の話題や「未来」や「イノベーション」について取り上げる事が増えたと感じるのですが、若林さんから見てどう思われますか?

 

まず「色々なものが“底を打った”」んだろうなと思います。多くの企業や日本という国自体が、この何十年新しいものを何も見いだせていない状況があって、「このままだと自分たちはどうなるんだろう」という先細り感をずっと感じてきたんだと思うんです。

そんな状況のなか2011年の東日本大震災もあり、もう「前に進まないとなあ」と言いつつも先延ばしにしていたものが、「本当にやらないとまずい、どこにも行けない」って感じにはなったんじゃないかと。僕はこれ、ポジティブな話だと思っています。

あと、ここ1年に限ると2020年の東京五輪の開催が決まったことは大きいかもしれません。2020年から、その先の時代に向けて新しい基盤を作らないとっていう気分は、少なくともぼくらのまわりでは強くあります。これからつくられていく新しい東京は、恐らく今まで見てきた景色とは少なからず違うものになっていくはずで、そこで自分たちにどんなことができるのか?という問いは喫緊の課題として浮上してきている気はします。

ざっくりと言えば、おそらくこうした背景から「イノベーション」とか「未来」といった言葉が盛んに使われているのだと思います。テレビでドローンがどうとか、アンドロイドがどうとか言われてるのは、それがわかりやすく「未来」な感じがするからなんだとは思いますが、それが具体的にどういう未来をつくっていくのかは、よくわからないです。とはいえ、いまぼくらが大きな転換期にあるという認識が広まるのは、良いことなんじゃないかと思います。

 

―WIREDの読者層や、主催するイベントに以前より一般の生活者の方が増えたな、と感じますか?

 

WIREDは、少なくともぼくが編集長になってからは、テックギークのためのメディアだというつもりではやっていなくて、むしろデジタルテクノロジーはあらゆる業態・業種に遍在しており、結果、それ抜きにもはや人は暮らすことができないという意味では、対象は「すべての人」だと思ってやっているところはあるので、お客さんは変わらず「一般の人」なんです。とはいえ、やはり、これまでテクノロジーなんて無縁だと思われてきた業種の方からの注目が増えているのは感じます。

僕らが紙面やイベントで「ファッション」の特集をやった際には、服飾メーカーやリテイラーの方からの反響や問い合わせがかなりありましたので、そういう意味では「こういう最新技術やトレンドは、他人事じゃない」って思い始めた人がどんどん増えているとは感じますね。

別に「ドローンや人工知能が自分の会社を救ってくれる」とみなさんが考えているわけではないとは思いますが、そういった最新技術に象徴される何かに取り組んでいかないと自分たちは時代から取り残されるんだっていう危機意識が、社会全般において強くなっているのは感じますね。とくに若い世代で現場で頑張っている人たちの「このままじゃうちの会社ヤバいかも」という意識はかなり強くあると思います。

 

―WIRED編集長という立場ですと、若林さん自身がイノベーションや未来についてすごく興味があって支持しているように周囲から思われることもある気がします。実際はどうですか?

 

いや、そんなことないですよ。僕自身の見解として、メディアを通じて「イノベーションは素晴らしい」って両手をあげて称揚したつもりはないんですけどね。テクノロジーにはアップサイドもあればダウンサイドもある。これは当たり前のことだと思うんです。アップサイドだけを見てむやみに楽観的に前進するのも、ダウンサイドだけを見てずっと足踏みしているのも、どっちもよろしくはなくて、ただ、そのほどよいバランスを探るためにも、とりあえず一歩ずつ前に踏み出してみないとダメなんじゃないか、という立ち位置でいるつもりです。

とはいえ、「イノベーション」はあらゆる領域で重要なものだと思います。違ったなにかが何も生まれないというのは、退屈だと思いますから。イノベーションっていうのは、ぼくは「領域の拡張」だと思っていて、それは線的なものではなくて、面的なものだと思うんです。

 

―イノベーションとは領域の拡張、という点をもう少し詳しく伺いたいのですが

 

今まで開拓されていない新しい領域を探して「今までこういうもの」とされていた枠を拡げて、また更に誰かが拡張して、ということだと思うんです。線的な進化というよりは、あっちに広がりこっちに広がり、をしながら、ある領域が広くなり、かつ豊かになっていくことが大事なんだと思うんですね。僕はメディアというものに携わっているわけですが、ぼくらがかりにWIREDというメディアを通してイノベーションを起こしたいと考えたとしたら、それはなにも「未来のメディアはこうだ!」っていうことを指し示すということではなく、「メディアというものの可能性」が、ちょっと拡がればいいな、ってくらいのことを目指すのがよいかなと思っています。「こうでなくてはならない!」と肩肘張るのではなく、「こういうのがあってもいいでしょ?」くらいの感じですね。

 

―そういった領域の拡張に挑む人や過去に成功した人を「イノベーター」だとして、そういう方々と取材等を通じてお話する機会も多かったと思います。そういう人に何か共通項のようなものを感じますか?

 

どうでしょうね。少なくとも、誰に言われるでもなくそれに没頭ができる人、というのは、基本的な条件かもしれないですね。あと、自分が見たいものがはっきりしているということでしょうか? そのふたつがないと、寝るのも厭わずなにかに没頭しつづけるというのは難しいんじゃないでしょうか。

 

5月10日発売の「Vol.16 お金の未来(と、変わりゆく世界)」のEDITOR'S LETTERでは、なぜいま「お金」を特集したのか、について既存のルールにも触れながら説明している。

5月10日発売の「Vol.16 お金の未来(と、変わりゆく世界)」のEDITOR’S LETTERでは、なぜいま「お金」を特集したのか、について既存のルールにも触れながら説明している。

 

―そうした動きの中、5月10日発売の「Vol.16 お金の未来」のEDITOR’S LETTERで「”既存のルールが変わる”ことや、”既存のシステムが堅牢で変わらないこと”」を書かれていますよね。こうした動きの中で若林さん自身が何かを担おうとかは考えているんですか?

 

どうでしょうね。そもそも既存のルールを壊すのが正しいのか?って話もあるとは思うんですが、それが壊れていくというのは、嫌が応でも起こっちゃう趨勢だとぼくは見ているので、その趨勢が善か悪かを論じてるいるよりも、その趨勢にいかによりよく適応するかを考えるほうがよくないですか? というメッセージはあると思います。

もちろん、新しい事態への対応というのは、それをしていくなかで当然色々な問題が起きるわけですが、大事なのは、そうした問題は起きるのだと腹をくくって、前に進むなかでそれに対処していくということなんじゃないでしょうか。すべてをキレイに解決してくれる「答え」なんてものは、おそらく存在しないはずなので、「とりあえず、現状での答え」でよしとするような態度が、今の時代、とくに必要だと思います。

 

―起こりそうな問題に対して、慎重になり過ぎるとかでしょうか?

 

ですね。ある程度は先に想定できることもあるのだろうけど、「完全な答え」を先に入手するのはできないんだと思います。「未来はこうなる!」って声高に言うようなものって、基本詐欺だと思ったほうがいいと思うんです。5年先、10年先のロードマップがきちんと見えるまで待とうなんて悠長なことを言ってると、その間にどんどん時代から置いていかれると思うんです。ですから、「地図はないんだ」って前提から、ことに向き合うということに、もうちょっと日本全体が慣れたほうがいいのかなとは思います。

WIREDが担おうとしているものがあるとすれば、そういうメッセージを少しでも浸透させることでしょうかね。

 

―海外はやはり違うなと思われますか

 

そうですね。やっぱり、アメリカなんか見ていると、とりあえず進んでみた先に新しい課題が見えきて、その課題に対して、社会全体で解決に取り組んで、ということを不断の営為として繰り返しているというのは感じますね。右に振れすぎると今度は左に振れて、といったように行きつ戻りつする、その振幅のなかで、社会のなかで、それをめぐるコンテクストの理解が深まっていく、というようなことがあると思います。その中で、その事象をめぐるさまざまなステークスホルダーやユーザーのリテラシーが上がっていくんですね。問題が勃発しながら、ひとつひとつそれに慣れて解決して、というこの流れ自体に関与することが大事なんだと思います。そこでは失敗も価値を持つんですね。

 

―国内外の方を分け隔てなく取材していて、他に日本の特色って感じますか?

 

おそらくですけど「日本とは何か」って事をひたすら意識して考え続けているのって、たぶん日本だけなんじゃないですかね。みんな日本を背負うじゃないですか。誰にも頼まれてないのに何故か日本を背負う(笑)。アメリカだと、例えばfacebookやgoogleみたいな企業が、アメリカという国を背負ってるとか意識し始めるのは、自分たちの企業規模が大きくなってからだと思うんです。雇用の創出とか利益を出して国への還元とか。そんなに日本のこと考えなくてもいいんじゃないかと思うんですけどね。

もちろん、たとえばイギリスなんかは、国としてどう成功するか、なんていうことは考えながらやっているとは思うんですが、それはどっちかというと国の仕事で、起業家たちはそんなふうには考えてないと思うんですね。

 

―同じ島国ですけど、確かに産業革命を起こした国って点では背景が異なりますね。

 

イギリスは産業革命以降、世界の覇権を握っていた時期があって、その自負は強烈にあるように感じますね。それじゃ、日本はどうなんだ、となると、ちょっとよくわからないんですよね。日本をどう理解するのか?というのはとても難しい。「日本がイノベーション起こせない」っていうのは歴史的に見ても嘘だなあと思うし、「日本には多様性が無い」っていうのもそんなことないのでは?と思ったりします。

その一方で、日本ではイノベーションが起きていない現状や、画一的であるっていう指摘や議論も真であって、その辺「日本の現状」というものを、きちんと整理して説明できるのかというと、ぼくら自身とっても心もとない。だから「日本は何が問題で、この状況を打破するにはどうするの?」という議論をしようとしても、そもそもの現状認識が揃わないから解決に向けた議論も難しいんじゃないかと思うんです。

日本はよくわからないです(笑)

 


 

編集部での仕事の進め方、人材が流動化することの重要性について聞いたインタビュー後編はこちら。

astavisionをフォロー

astavision独自の情報をFacebook、twitterでも配信中!

astavisionでは「成長している市場」、「未来を創る企業」を掲載しています。

Loading