2015.06.10 WED 日本科学未来館 科学コミュニケーター 樋江井哲郎さんインタビュー~未来を決める場にいたい、未来を決める場を作りたい~
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部 |
日本科学未来館(以下、未来館)には、ロボット、宇宙、地球環境、医療など様々な分野の先端技術が展示されている。
最近では、企画展「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」やNHKスペシャルの放送にあわせたテーマ展示「NEXT WORLD ~私たちの未来~」を開催するなど、常に多くの来館者が最新のテクノロジーに触れ、考える機会を得られる場になっている。
今回は、来館者への展示解説だけでなく、イベント企画やライブ配信イベントへの出演など多岐にわたって活動する、科学コミュニケーターの樋江井哲郎さんに話を聞いた。
―樋江井さんの現在のお仕事、科学コミュニケーターについて教えて下さい。
はい、未来館の科学コミュニケーターとしての仕事は人によって様々なのですが、僕の場合、展示場で来館者へ展示の解説をしているほか、年に一度の科学コミュニケーションイベント「サイエンスアゴラ」でのワークショップ企画、他には、ライブ配信イベントに出演して、専門家とともに科学情報の発信などをしています。
―科学コミュニケーターになるまでの経緯は?
元々は大学で経済学専攻だったのですが、在学中、東南アジアに留学した際に、現地で夜遅くに働く子どもたちをみて、年齢の割に発育が遅いことに気がつきました。
調べてみると、夜型生活で「体内時計」が乱れてしまうと、発育に良くないだけでなく、仕事の能率を低下させるとか、肥満などの生活習慣病になりやすくなるとか、そういった問題が生じてくる可能性があることを知ったのです。
同時期に、テレビでたまたま体内時計のメカニズムを解明する研究を知り、さらに経済を専攻していたときに目にした日本大学・内山真教授の「睡眠障害による経済損失は年間3.5兆円規模」という発表データが僕の中でつながって「体内時計の研究」というものへの興味が湧きました。
―そこで経済の専攻から、体内時計の研究に転身したのですか?
はい、内定を頂いていた会社に辞退の連絡をして、3ヵ月間勉強し、大学4年の7月に大学院の試験を受け、京都大学の生命科学の研究室に入りました。そこで私たちの体の一つ一つの細胞の中に入っている体内時計がどのように働いているかを調べていました。
―体内時計への興味を持ってから短期間でめまぐるしい変化ですね。
ただ正直、研究室時代の2年間は、周囲の人がハイレベルな研究成果を有名科学誌等にどんどん発表していく様子を見て、自分はこのレベルには追いつけないなと痛感させられました。彼らのようなすごい人たちが研究を続けるべきで、むしろ自分は彼らのアウトプットを早く社会に還元できるような働きかけをしたいと思うようになりました。
その後、一般の企業で研究職として働いた後、科学コミュニケーターの仕事に出会いました。
―経歴を伺うと、体内時計への興味をきっかけに途中から科学や研究の世界に入られたようですが、そういうケースは科学コミュニケーターの中では珍しいタイプなのですか?
僕の場合、物心ついた時からずっと理系が得意というタイプではないですし、同僚の中には確かに小さい頃から理科が大好きでした!というタイプもいます。
ただ僕の経歴が珍しいかというとそうでもなく、科学コミュニケーターはそもそもみんな経歴がバラバラで、前職は「アフリカで理科の教員やっていました」とか、「前職は動物園の飼育員でした」など、多様な経歴を持った人の集まりだと思います(笑)
―普段のお仕事、特に来館者への展示説明についてお聞きします。来られる方は小さなお子さん、学術研究されている博識な方、海外の方、様々な方がいると思うのですが、気をつけていることはありますか?
一番は、「こう説明すれば大抵通じる」というのが本当に無くて、世間話をしながら目の前の方の経験や興味とかを見極めていって、その人がピンときそうな言葉をチョイスしていきます。そうしないと、途端に興味が薄れて話を聞いてくれなくなります。
ですから、まずは目の前の来館者が何をこの場所に求めているのか、「楽しみたい」のか、科学を「学びたい」のか、というのをとにかく探ります。
―それ、頭では分かってもなかなか難しいですよね。樋江井さんなりの工夫はありますか?
僕は、科学の造詣が深い方でも小学生の子相手でも、「エンターテイメント」を意識することが多いです。まず楽しんでもらうこと。テンションが上がる仕掛けとか、インパクトのある写真、そういうものを交えることを意識しています。
生命に関わるテーマを扱った展示では、倫理的な観点から賛否両論になる話題や写真もあります。それを見せると、みんな何かしら反応する。そうして興味を抱くことで「自分で考えはじめる」。
喜ばせる、楽しんでもらう以外にも、興味を持ってもらえるよう工夫しています。
―科学コミュニケーターの活動を通じて、将来的な目標はありますか?
仕事を通じて身につけたい、と思っていることが明確にあり、それは「ファシリテーション能力」です。
冒頭でお話した通り、展示の解説だけでなく有識者や一般の方を交えたワークショップを開催することも多く、本当に多種多様な人と接します。
だけど、「素晴らしい人たちが集まり、素晴らしい意見を出し合いました」で終わってしまってはいけません。
出てきたアイデアによって自身の行動が変わったり、意見が違う人たちがお互いに歩み寄ったり何かを決めていくような合意形成の場が理想です。
―なるほど、そういった場でファシリテーション力が重要だとお考えなのですね。
一例を挙げると、僕が興味を持った「体内時計」について、一般的に夜型生活が悪いとは言われているけど、科学的にどう良くないかはあまり伝えられていません。この事実をまず科学者が伝えることが大事です。
次に、一般の生活者の方がその言葉をしっかり受け止めて、自分の生活の改善について、ライフスタイルについて考える。
でも、実際には仕事の都合でそれを実践するのが難しいこともある、となると個人だけでなく企業側がこの事実について考える必要もあり、もっと言えば行政が店舗の夜間営業について考える、といったことも関わってきます。
―生活者が個人で考えるだけでなく、しっかり何かを実現するために多くの人を巻き込みたい、そのファシリテーションがしたい、ということですか?
そうですね、多種多様な人が集まって考え交わした意見が「良い意見だね」で留まらず、社会や日常に落ちてこないといけない、しかし実際にはそうなっていないと思っています。
―最近、一般の方が見るような雑誌やテレビでも、アンドロイドのようなロボットの先端技術が紹介されたり、「イノベーション」とか「食の未来は」といった話題を多く見るようになってきたと思いますが。
うーん、たしかに徐々にそういった情報が流通して考える機会が多くなってきているのかもしれないですが、どちらかというと「まだまだ足りない、そういう情報を知って一人ひとりが考え、行動するという風潮が弱いな」という思いがあります。
僕は一人ひとりがどう考えどういう意見を持っているかということが、未来がどう変わっていくか?という点において重要だと思います。
だから未来館に訪れた方にも、展示の解説をしているというより、日本とか世界の未来がどうなるかの姿を考えてもらいたくて色々な問いかけをしていますね。
たとえば、ここにアンドロイドがいます。見た目はかなり人間に近づいていますが、まだロボットだとわかってしまう。でも将来的には完全に人間の姿になって見分けがつかなくなって、いつかあなたの隣で生活するかもしれない。その時あなたはどう思いますか?と。
―それ、来館した人はどういうリアクションをしますか?
「困りますねえ」という戸惑いの反応をする方が多いです。他には「なんか嫌だ」とか、「人間を上回る能力は持ってほしくないな」とか。
―具体的に未来をイメージすると、途端に不安になるのですね。そういうとき、樋江井さんはどうしていますか?
とにかく伝えます。アンドロイドには介護を補助したり過酷な作業を代行できるかもしれないといった良い面があること、一方で人間より優れたり見分けがつかなくなったら世の中が混乱しそうなど悪い面も伝える。
なるべく全方位で伝え、でもその結果、来館者の方が何を感じ考えたかは一人ひとり持ち帰っていただく。
見た展示すべてというのは無理ですが、せめて一つ何か心に残るものを持って帰ってもらおうとしています。
―そういった未来やイノベーションについての情報を伝えている立場として考えていることは?
最先端の面白い研究を伝える一方で、研究成果が社会にどんな影響をもたらすかをしっかりと発信していきたい。そのために、どういった分野においても、研究内容の良い面と悪い面の両方を伝えて、参加した方訪れた方に「考えてもらう」ということを大事にしています。
―樋江井さん個人としてはどうお考えですか?
繰り返しになりますが、限られた人たちの中でしか議論や意思決定がされていないという思いが強いです。いつの間にか、未来というか新しい制度やルールが決まるというのは怖いなと。
ですから、「僕が起こしたいイノベーション」というものがあるとすれば、「みんなが参加し、話し合って未来を決めていく場を創る」というものです。
きっかけは留学先での「体内時計」「生命科学」への興味でしたが、いまは未来館に展示しているものを理解すればするほど、「この行く先に未来がある」と感じます。
あらゆる分野に興味があるので、その未来を決める場にいたい、未来を決める場を作りたい。その「場」をファシリテーションする、ということをやるべきだと思っています。
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