Interview

大きな発電所や電線が無くても、アフリカの6億人に電力は提供できる。 ― WASSHA株式会社 秋田智司

text by : 編集部
photo   : 編集部,WASSHA株式会社

地球の全人口約70億人、そのうち約12億人が電気の無い生活いわゆる「未電化地域」に今も住む。
東京大学で生まれた送配電技術「デジタルグリッド」を元に創業されたWASSHA株式会社が事業を伸ばすメイン市場は、日本から遠く離れたアフリカ・タンザニア連合共和国。
国土面積日本の2.5倍、人口約5,000万人。人口密度が低いアフリカで資本も少ない日本のベンチャー企業はなぜ事業を伸ばせているのか?代表の秋田さんにお話を伺いました。

 


■「アフリカに電線を張り巡らして電気を供給するのは、恐らく不可能です。」


―社名にもなっている「デジタルグリッド技術」を教えて頂けますでしょうか。

デジタルグリッド技術の肝は送配電技術です。
「電線網をデジタル化する」というコンセプトで、デジタルグリッドルーター装置を電線に装着し、ルーターをインターネット経由で遠隔操作することで自由に電気のやりとりが出来るようになります。

例えば、自宅の蓄電池に電気が余っていて職場の電気が足りなければ、自宅の電力をパケット化して職場に送って使うことが出来ます。通信データのように電力をパケット化して送る技術です。

この「電力を遠隔操作する」という技術と、アフリカで広く普及するモバイルマネーの技術(携帯電話間での送金)を組み合わせて、モバイルマネーでプリペイドされた金額分だけ電力を供給する仕組みを開発しました。この仕組みを使う事で、開発途上国の農村部のような所得が低い村でも電力サービスを展開できます。現在はタンザニアを中心に未電化の村でサービスを提供しています。電線も通っていない未電化の村でも必ず村の中に1か所はキオスクという売店がありますので、彼らと連携して「電力の量り売り」サービスを提供しています。

ランプなど基本的な電化製品はレンタルで貸し出し、自分で使う分だけの電力をモバイルマネーで決済して使う仕組みです。既存の送電所や電線が無いからこそ、逆にこうした新しい仕組みを受け入れられる土壌になっていると思います。

 

―発電所を作ったり電線を張り巡らすと、コストも大規模になりそうですね。

僕の考えでは、アフリカ大陸に電線を張り巡らし人の住む場所を全て電化させるのは不可能です。
理由は人口密度の低さ。もちろん今後都市化が進む地域もありますがアフリカに住む10億人弱のうち、大半が点在した村に住んでいます。ここに発電所をつくり、送電線を敷設し、変電所を介して電柱・電線で電力供給するのはコスト面から非現実的です。

住む人全員に電力を提供するのであれば、中央集権的に発電所から電線を張り巡らすというアプローチではなくもっと「分散化」が必要です。
デジタルグリッド社以外にも多くのベンチャー企業が未電化地域向けのサービスを展開していますが全て分散型です。個々の自宅で発電する仕組みや、デジタルグリッドのように電力供給されていない村に発電と蓄電が出来る場所を作って利用してもらうというのがメインですね。

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未電化の村にも日用品を売るキオスクは必ずある。そしてモバイルマネー決済が浸透している。
アフリカの実情とデジタルグリッド技術が融合し、電力量り売りサービス「WASSHA」が誕生した。

 

 


■「電気を提供したら、村で魚を売る老人の羽振りがよくなって。面白いですよね」


―タンザニアで電気を提供していて、印象に残っていることはありますか?

「家族団らんのためにLEDランタンを使っている」と言われたことを今も覚えています。
当然ですが、未電化地域の夜は真っ暗です。家の中でもかなり近づかないとお互いの顔が見えないような灯油ランプを点けて過ごしています。

僕らのサービスで家に明かりが灯ると、夜ご飯を食べながら家族みんなの顔を見渡せるそうです。
「美味しいねーって笑いながらご飯を食べる体験がいいんだ、便利な仕組みだけど僕は家族団らんのためにLEDランタンをレンタルしている」と言われて、とても意外でした。

 

―利便性を求めて電力を買うケースもありますか。

あります、実はビジネスのためにLEDランタンをレンタルする人が利用者の約半数を占めます。
道端で魚や料理を売る商売をしている人たちが、このサービスをめちゃくちゃ使うんです。

これまで、彼らは日が暮れたら店じまいしていました。
僕らが電力供給サービスを始めると、彼らの営業時間が4~5時間延びた。「明るければ夜でも買う人はいる」と夜遅くまで魚を売ったり料理を作ってその場で食べさせたり。そのうち彼らの収入が増えて、「子供を学校に通わせられるようになったよ」と言われたりもしました。

久しぶりに現地を訪れた時、以前は真っ暗だった村の通りに行くとみんなうちからレンタルしたランプを灯して商売していて、まるで市場のようでした。
そのうち儲かってきたのか羽振りがよくなりはじめて「このランプをレンタルじゃなくてまとめて買い取ることは出来ないのか?」と現地スタッフが聞かれたそうです。

まるで世界がどのように経済を成長させ、人類の可能性を広げてきたかを垣間見ている気がします。電気一つでこの変化です、更にどういうアプローチをしたら彼らはもっと豊かになるのだろう、村同士が電気で繋がったら昼夜問わず交流しはじめてもっと経済が拡がる気もします。
僕らがサービス展開した場所で「こんなに世界が変わったよ」と言える変化をもっと増やしたいと考えています。

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※夕食時の家族団らん、商売をする村人の収入、子供の教育。
秋田さんの関心は「電力以外も提供したらここで何が起こるのだろう」に向かっている。

 


■「まずはタンザニアにおける電力供給のスタンダードになることを目指しています。」


―創業のきっかけを教えてください

元々デジタルグリッド技術は、東大の阿部教授が発明し、特許化した技術です。
「デジタルグリッドコンソーシアム」という一般社団法人で、企業に技術を活用して事業化してもらうための取り組みだったのですが、日本国内は既に電力インフラが行き届いていて規制もあり、なかなか成果が出ていませんでした。

当時僕は、開発途上国でのビジネス支援コンサルティングをしていて、阿部先生に規制がない未電化地域での事業展開を提案しました。昔から「いつかアフリカでビジネスをやりたい」と考えていたのですが、それを知った阿部先生が「じゃあ現地を視察しよう」と声をかけてくれて、経産省のサポートでケニアとタンザニアの2カ国調査を2013年に行いました。

現地の方々にデジタルグリッドの話をしていたなかで、とある現地の方が「僕は未電化地域を電化する仕事をしているのだけど、この技術を使って村の売店で使いたい分だけの電力を買ってもらうことは出来ないの?」と聞かれました。

これが現在タンザニアで展開する電力量り売りサービスWASSHAの原型となり、「このアイデアだ!やろう!」と盛り上がって法人化しました。阿部先生から「アフリカに行く機会をくれたのは秋田君だし、代表をやってくれないか」と言われてそのまま代表に就任しました。

 

―タンザニアではかなりの村に展開されているそうですが、次の展開を見据えていますか?

いまはアフリカ各国に横展開するよりも、まずしっかりとタンザニア全土において「デジタルグリッドが電力供給のスタンダード」となるまで事業推進し、その先でアフリカ各国に展開する予定です。

次に展開する国、でいうとエチオピア、ナイジェリア、ケニア辺りを検討しています。
理由は未電化で暮らす人の数です。
デジタルグリッド社の競争優位性は未電化地域で低コストの電力を提供できること、未電化地域だからと他の企業が攻めあぐねている場所に入っていってサービス提供地域をネットワークできること、ですのでその後他の会社が参入してくる際にも色々な連携が出来ると考えています。

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※現地にはデジタルグリッド社のタンザニア人スタッフが約100名おり、
村人のなかには「デジタルグリッドはタンザニアの会社」と勘違いする人がいるほどサービスが浸透している。

 

 


■「これからのタンザニアではアグリテック(IT活用農業)が有望だと思います。」


―コーポレートサイト上では企業の東アフリカ進出支援もサポートしています、どういった業界から相談を受けますか?

一番多いのは消費財や流通業界、アフリカ市場を見据えているスマホアプリのベンチャー企業などです。
企業の進出をサポートしている背景としては、僕らが電力サービスを展開して構築される未電化状態の小さな村のネットワークを有効活用したいと考えていて、各企業のサービスや製品が進出すれば村の暮らしを良く出来るのでは?という考えからです。

実際にいま「一緒にやろう」と話をしているのは中東の会社ですが、日本企業でもアフリカ市場に高い関心を持つ消費財メーカーや流通のノウハウをもつ方々とは連携していきたいですね。

 

―タンザニアで今後伸びそうだと感じる市場はありますか。

先ほどの消費財、あとアグリテック(農業関連)ですね。
タンザニアは耕作可能面積に対して実際に有効活用されている耕作面積は約半分しかありません、現地にトラクターを支給しても少し壊れたら部品も取り替えられずそのまま放置されるのが実情です。

この耕作可能な広大な土地を活かす工夫した仕組みがアグリテックではないかと。
実際の耕作だけでなく、作物を一番高く売るための市場情報の提供や、衛星情報を用いた種撒き・収穫の最適なタイミングを把握するなど、IT化された農業が延びる可能性をとても感じています。

現地の人に物を売るというより、まずは彼ら自身の所得をどう上げられるか?の発想の方が大事ですね。アグリテック以外にも、シリコンバレーの企業は「金融」で注目しています、モバイルマネーを活用したサービスなど、とにかく現地の経済活動が活発になるビジネスの可能性はとてもあります。

 

―近年メディアでもアフリカを取り上げるケースが増えるなど関心の高まりを感じます。秋田さんから見ていかがですか?

確かに日本国内の雑誌やテレビで「これからはアフリカ」という雰囲気は感じますが、現地では全くその波を感じません。
実際に僕らがお話した企業さんも、物理的な距離がネックでアフリカより先にその手前のアジアやインドへ関心が向いているケースが多いです。現地まで視察に来られる企業の方も大半は「まだ先かな」といいながら帰っていきますので、逆にチャンスなのかなとも思います。

 


■「家の前を牛が歩くアフリカの小さな村で、先進国並みの報酬で働くことも出来る」


―デジタルグリッド社としての今後の未来像を教えてください。

少しスケールが大きいですが、僕らが電力を提供することでアフリカの人たちに「都市化しなくてもいい」という選択肢が提供できると考えています。
都市化と人口一極集中は、渋滞や環境面、インフラ投資など弊害やコストも生みます。だから都市化するだけが選択肢ではない、カウンターカルチャーとして新しいライフスタイルを提示できれば、村の暮らしが良くなり「都市よりも村のほうが快適じゃん」って人も出てくると思うんです。

採れた農作物や魚を都市へ売りに行かずとも地産地消できればいい。
電力と通信があれば、遠隔で学校教育が受けられますし、プログラマーやトレーダーのような仕事を村にいながらすることも可能だと思います。

家の前を牛が歩いているような村の小さな部屋で、実はクラウドソーシングでプログラミングの仕事に従事したら先進国並みの報酬で働けますよね、そういった新しいライフスタイルを作れたらいいなと思います。

電気が無くてかわいそうだからアフリカの人たちに電気を供給する、とは全く逆の発想です。
むしろ働き方や稼ぎ方が日本よりも進んでいたり、タンザニアの農村で便利に過ごしていたら「都市に出る必要ある?都市化する必要ある?」ってなるはずです、これを実現するために、アフリカ全土の未電化地域に僕らのサービスを提供していきたいです。

 

―いつ頃をめどにアフリカ全体へデジタルグリッド事業を広げたいと考えていますか?

2020年までにタンザニア全土+数カ国に展開、それ以降は指数関数的に事業展開して2025年までにアフリカ全土に広げる。これが直近で描いている計画です。

アフリカ全土の人口は10億人弱、そのうち約6億人は未電化で暮らしています。
いまタンザニアで電力を提供しているのが100万人ですから、まだ1%にも達していません。

直近の計画を立てながら「こんなペースじゃ遅いだろ!」って思う自分もいるんです。
世の中って、想像よりも早く変化しますよね。「いつか来ると思っていたけど、こんなに早いとは」って。
その「思ったよりも早く変化した」をデジタルグリッドで自ら作りたいなーって考えています。

 


秋田智司 WASSHA株式会社 代表取締役CEO
2006年、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に入社、様々な業界の業務改善・新規事業開発プロジェクトに従事。2010年に途上国でのビジネス開発を支援するNPO法人soketの立ち上げに参画。理事・Chief Business Producerとして日系企業複数社の事業立ち上げを支援。2013年にsoketのクライアントである東京大学教授とWASSHA株式会社を創業し、現職。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)