Interview

「ポイ捨ての問題は深刻」と言われながら、データで把握する文化が無かった。 ー 株式会社ピリカ 小嶌不二夫

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社ピリカ

世界78カ国に展開し、7,000万個のゴミが拾われるアプリ「ピリカ」、街中に捨てられているゴミを画像認識技術で計測する「タカノメ」、環境問題に取り組む研究室から始まった株式会社ピリカは、研究内容とは無関係のアプリサービスからスタートし、着実に事業を伸ばしている。
国や政府など「大きな枠組みで取り組む」イメージの強い環境問題に、ベンチャー企業らしいスタイルで挑戦する未来像について、代表の小嶌さんにお聞きしました。
 


■アプリをダウンロードしたうちの5%が自発的にゴミを拾ったことに可能性を感じた。


―ピリカは無料アプリでユーザーがゴミを拾う、という珍しいサービスですが始めたきっかけを教えてください。

「少ないリソースでどうすれば多くの人に環境問題への行動を促すか?」を考えた結果、facebookやtwitterなどSNSサービスを手本にしました。
環境問題への取り組みって、大規模なものが多いですが、僕らはベンチャー企業らしく環境問題の中で一番身近な「ゴミ問題」に絞り、スマホサービスに特化しました。

初期版は人知れずひっそりとリリースしたのですが、アプリをダウンロードしたユーザーの5%が自発的にごみを拾ったんです。当時の使いづらくデザインも酷いアプリで、想定していた数値の何倍もの人がゴミを拾ったということに衝撃を受けました。

これは、想像しえない大きな可能性があるんじゃないか?
アプリを改良したらもっと広がるのでは?その可能性をどうしても試したくなり、大学院を休学できる残りの半年でうまくいけば会社にしよう。ダメならおとなしく研究室に戻ろうと考えました。

 

―その後ピリカ以外に画像認識の「タカノメ」もリリースされますよね、この背景は?

ちょうどピリカを通じて約300万のゴミが拾われたころ、社内で「本当に世の中でゴミは減っているのか?」という議論になりました。

サービスとしてのピリカは成長している、拾われるゴミも増えている。
でも万が一ピリカが普及している地域でもポイ捨てごみが減っていないとしたら、良いことをした気になっているだけで問題を解決できていないじゃないか、無駄な時間を費やしていることになるじゃないか。と。

ゴミを拾う部分はピリカで計測出来ている、ならば「ゴミを捨てる部分」を計測しよう。
その仕組みは世の中に無いので「ポイ捨てされているゴミを計測する仕組み」を作ろうと動き始めた結果タカノメが誕生しました。

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ゴミ拾いSNSアプリ「ピリカ」には無料の個人版のほか、企業・団体版や自治体・地域版も存在し、
従来個別に行われていた清掃作業をサービス内で可視化する取り組みにも活用されている。

 


■森や海は「僕たちを綺麗にして」と声を出せません、ならば人間界の課題にすればいい。


―社内にはサービスを通じてゴミに関するデータが蓄積されていると思います、データ解析によってどのようなことがわかりますか?

「何がゴミを増減させる要因となるのか?」がわかってきます。
例えば喫煙所の周り、パーティションの有無や喫煙所のデザイン1つで周囲に散らばるゴミの量や分布の仕方が異なってきます。

そして時には、路上のポイ捨てを抑制するために設置されたゴミ箱なのに、設置前と設置後の有意な差が出ないケースなどもわかってきます。

街の美化やゴミのポイ捨てに関する話題、議論はとても多いのですが、その大半が「こういうことをしよう」と提言した後の「なぜならば」の部分が弱い。
理由は簡単で「計測する仕組みがない」ので、定量的な議論や検証が出来ていないからです。

 

―外部にゴミのデータの提供もされているのは、そういった数値に基づいたアクションをしてほしいということでしょうか。

そうです、実際データを使いたいという自治体などからの打診は「地域問題をデータで把握したい」というものが多いです。
ピリカとしても、環境問題に関心がある研究者を増やしたいと思っていますので、今後オープンデータとして社外に公開することも考えています。

環境問題の話題で「データに基づいていない」って相当おかしいんですよ。
PM2.5の話題なら計測数値がありますし、気象情報もデータ化されていますよね、ゴミの話題だけが「美化が大事」「ゴミを減らそう」という議論は多いのに計測するシステムがなかった。

 

―ピリカ社のウェブサイトには多くの企業や自治体と提携しているとあります、やはりごみを劇的に減らすために外部との連携を重視していますか

はい、僕らが外部の企業や自治体と取り組んでいることは大きく2つあります。

1つめは、環境問題の被害者である自然、森や海や川を守ること。
森や海は自分たちから声を上げて「ゴミを減らして環境を守ってくれ」とは言えません。
ですから、ピリカ側から企業や自治体に「確実に街を美化していきませんか?」と働きかける。
自然界の問題では無く、人間界の問題にすると企業も動きますから。

もう1つ、直接的に環境や街の美化に関係しない企業とも提携しています。
大手企業はCSR活動に意欲的ですが、実際には予算が限られますので、社員向けの研修や新規事業開発のための講演といった形にすることで、ピリカの取り組みを支援して頂けるよう動いています。

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タカノメで取得された路上のゴミデータをヒートマップにした様子。
街のどこにゴミが捨てられているか?が直感的に把握できる。

 


■不完全でもいいからまずは自分で作ってみる。そして助けてもらう。のサイクルが重要


―ピリカのようなサービスは事業として取り組む難易度が高い分野だと思うのですが、事業を伸ばせている理由はどこにあるのでしょうか

美談みたいで嫌なのですが(笑)、メンバーとの出会いですね。
言われた通り、多くの方から「面白いアイデアだけど、事業として成立するの?」と言われていた時期がありました。ピリカを続けられた最大のポイントは、常にチーム内で合理的な意思決定をし続けられたこと、そのための議論をメンバーと出来たことだと思います。

特にCTO兼取締役の高橋や、複数の企業でバックオフィスを統括してきた三井の参加は、その後の売上や様々な数値が大幅に成長する流れに繋がったと思います。

先ほどの「タカノメ」の開発は高橋なくして実現できなかったでしょうし、急激にメンバーが増える中で組織づくり出来たのは三井の経験があったからこそ、と思います。
こうした状況は、ピリカが事業として誤った意思決定をする確率を飛躍的に下げたと思います。

 

―世界中のベンチャーが、優秀な人が欲しいけどうまくいかないと悩んでいるはずです、ピリカがメンバーに恵まれた要因は?

かなり初期の話ですが「不完全なものでも、まずは自分で作ってみた」ことだと思います。
高橋を誘うとき、僕が見よう見まねで作った不恰好なスマホアプリを見せて、「ここまで出来たけど、これが出来なくて困っているんだ」と相談し、「じゃあ、ちょっとだけ助けてあげるよ」とチームに加わり始めました。

僕の仮説ですが、優秀な人は不完全なものを見ると「治せそうだし、治したいな」って考えるんです。一方で、エンジニアであれば周囲から「このアイデアを実現したい、作ってくれない?」と相談されるのも慣れています。

恐らく僕は「ちょっとでも自分で作る姿勢を見せた」のが良かったのだと思います、困っている状況を説明して、具体的に「ここだけ助けて欲しい」と伝える。
優秀な人にとって、僕がつまずいた部分なんて楽勝で治せます、治してくれたら心の底から感謝する、その感謝の言葉の最後に、次に依頼したいことを相談する、このサイクルはとても重要だと思います。

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海外展開も活発なピリカ、UAEやフランスでは政府と連携し環境問題への取り組みを進めている。

 


■ひっそりと行われている清掃作業を可視化し、ゴミを拾うのが当たり前の世界にする。


―ピリカの今後の展開はどのように考えているのでしょうか。

僕が環境問題に興味を持ったきっかけは、子供の時に読んだ本です。
そこでは水質汚染、ごみ問題、大気汚染、森林破壊など環境問題が7つのテーマに分かれていました。

研究室を離れてピリカを創業したのも、「環境問題の全てに取り組みたい」と思ったからです。
もちろんピリカのサービスをもっと成長させながら、ゴミ問題以外の環境問題にも取り組みたいと考えています。

 

―既にピリカ自体が海外78ヶ国に展開していますが、こうした海外展開も意欲的にやっていく予定ですか?

はい、日本の人口は世界の1/70しかありません。
世界中のゴミを減らす、という目標において日本に絞る理由は無いと考えています。

事業面でもう1つ海外展開に意欲的な理由があります。
ピリカにおける「2021年問題」です。

正直、2020年のオリンピックまでは「日本をきれいにして海外の方をおもてなし」という構想が自治体や企業にあるので、ゴミのポイ捨て問題について話のしやすい状況です。
でもオリンピックが閉幕したらこうした動きは一旦落ち着きます、それまでに事業全体における海外比率を半分以上にしておかないと、会社全体が危機に陥ると思うので海外展開は意識しています。

 

―ピリカは現在約7,000万のゴミが拾われていて、今後海外展開も強化する、その先で目指す未来像を教えてください。

いくつかあります。
まず「ゴミのポイ捨て問題」の次に取り組む分野ですが、「水質汚染」だと思います。
河川の汚れが既にゴミのポイ捨て問題と繋がりますし、河川の汚れや水質浄化が必要な企業・自治体も多いですから。

次にピリカで取り組むゴミ問題ですが、論文やニュースを見る限り、地球上でポイ捨てされるゴミは年間数兆個あるそうです。

単純計算で、拾われるゴミがこの数を上回れば地球上からゴミが減り始めますが、僕らはまだ「劇的にポイ捨てゴミを減らすことのできる解決策」を発明できていません。
しかし、ピリカやタカノメを提供し始めたことで、多くの企業が以前から行っていた清掃活動などをピリカで可視化する動きも拡がっています。

僕らの活動が世界に拡がることで、今まで人知れず行われていた清掃活動を「みんなやっている」形で発信できる、それによりみんなが当たり前のようにゴミを拾う世界を作り、いつか地球上からゴミが減り始めるところまでいけたらいいなと考えています。

 


プロフィール
株式会社ピリカ
小嶌不二夫 代表取締役
1987年、富山県生まれ。京都大学大学院在学中に世界を放浪。道中に訪れた全ての都市で大きな問題となっていたポイ捨てごみ問題の解決を目指し、株式会社ピリカを創業。世界78ヶ国で利用され、累計7,000万個のごみを回収しているごみ拾いSNS「ピリカ」や、人工知能を使ったポイ捨て分布調査サービス「タカノメ」を通じて、ポイ捨てごみ問題の根本的な解決に取り組む。2013年、ドイツで行われたeco summit 2013で金賞を受賞。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)