Interview

「研究の民主化」組織や分野の壁を越え、新しいものを生みだす未来の研究者 ――Co-LABO MAKER 古谷優貴

text by : 編集部
photo   : 編集部,Co-LABO MAKER

総合化学メーカーで材料系のR&Dや新規事業立ち上げに従事しながら「視野が狭くならないように、別の頭の使い方をしよう」とビジネスコンテストに出場し続けた古谷さん。本気でやりたいアイデアを考えた末に思いついた「研究機器や技術のシェアリングサービスCo-LABO MAKER(コラボメーカー)」は、MVPアワードで最優秀賞を受賞し、研究者兼起業家の道を歩みはじめ先日資金調達も発表した。

「挑戦したい実験を実現させる研究者のためのサービス」の先にある、企業や大学、研究機関も含めフットワーク軽く分野や組織の垣根なく活動する研究者の未来について伺いました。


■「とにかく実験する場所、設備がほしい」公開後多くの研究者から問い合わせが届いた。


――現在Co-LABO MAKERで提供する研究機器は、どこから提供されたものが多いですか?

現在は、大学や公的機関のみならず民間企業など、研究設備に部外者の方を招ける体制の整った研究設備が中心となっています。

大きな研究機関やメーカーでは、他の研究室から来た方が実験したり、機材購入前のデモのために利用させてあげる、といった文化があるので、既にそういう状況に慣れている大手メーカーさんや研究機関はサービス導入について話がスムーズに進むなと感じます。

――現時点で利用できる研究機器の数は?

サイト上に掲載していないものを含め全部で1,000以上です。

機器を提供頂けている企業や大学の中には「貸し出しはしたいけど、サイト上に掲載するのは色々な事情があるから避けたい」というケースも多いため、利用者側の「こういう実験がやりたい」というニーズに対して、Co-LABO MAKERのコーディネータが間に入って仲介する形式にしています。

Co-LABO MAKERでは使いたい機器の検索だけでなく、コーディネータに最適な研究機器を選定してもらうことも出来る。

――研究機器をレンタルする側はどういった方が多いですか?

具体的に研究テーマが見えているけど、それに必要な機器が高価だったり、現在の所属先で購入申請するのが難しい状況の方が多いですね。

僕自身が材料系の研究分野出身なので、まずは材料系の実験機器を中心にスタートしましたが、実際サービスを知った方からは、「とにかく実験する場所、設備がほしい」とライフサイエンスやバイオ系の問い合わせを多く頂きました。

機器名を名指しで問い合わせする方もいれば、「具体的な機器はわからないがこういう実験がしたい」と漠然とした問い合わせもあり、寄せられたニーズを踏まえて今後サービス全体の利便性・機能強化をしていく予定です。

――機材を使う際の知財や契約面はどうなっているのでしょうか?

一応、Co-LABO MAKERの利用時は、事前承諾項目に知財周りの取り決めがあります。
双方がその内容に承諾し、その後の問題が起きないよう配慮をしていますが、「研究設備内で見てしまったもの」など、機密情報に関する部分は現時点で自己責任としています。

古谷さん自身の知見を活かすため当初材料系の機器中心だったが、
現在はニーズの多いライフサイエンス・バイオ系機器を増やすことにも注力

■ライフサイエンスの研究設備事情と、遊休リソースを収益化できるメリット


――先ほど「ライフサイエンス・バイオ分野から問い合わせが多かった」と言われていましたが、なぜその分野から多く問い合わせが来たのでしょうか?

ライフサイエンスやバイオで十分な研究設備が整う場所は、あまり交通のアクセスのいい場所には選択肢自体がありません。東京周辺であれば川崎など少し郊外、もしくは地方都市や田舎になります。

――以前インタビューした再生医療の方も似たことを言われていました、オフィスを移転したくても研究設備を考えると都心近郊に移れないと。

その通りですが、都心にライフサイエンスの研究機関が皆無というわけではありません。
大学の研究機関など、都心近郊の交通アクセスのいい場所にも設備自体はあります。

ただ、気軽に借りることが出来ません。
借りる際に情報公開が必要だったり、共同研究をしていなければ借りられないなど、ハードルが高く結果的に「遠くても致し方なし」となるケースが多いようです。

――交通アクセスのいい場所で実験出来たら、そのニーズに応えられるわけですね。

自分で実験したい場合はそうなりますし、Co-LABO MAKERは機器のレンタルだけでなく研究自体を外注することも可能です。この場合は「施設内に外部の人が入ること」への懸念も無くなります。

元々ライフサイエンスやバイオ分野には「研究自体を外注する」文化があるので、Co-LABO MAKER上でそのやりとりを出来るようにしています。

ライフサイエンス分野は、実験する際にちょっとしたコツなどが必要になるため、実験経験が豊富な方に外注して自分は得意な部分に注力するという役割分担が出来ると思います。

自分自身で実験をするだけでなく、必要な実験自体を依頼することも可能。

――その「どう進めるのがいいか」も含めて、Co-LABO MAKERのコンサルタントに相談できる。

はい、先ほどの「この実験をしたい、あの機器を使いたい」というほど目的が明確でないケースも多いので、まずは相談して頂きたいです。

ただ実際にはその専門領域の研究者が必要となる細かい話も多いので、今後はニーズの多いライフサイエンス・バイオ分野の相談も受けられるよう体制強化をしていく予定です。

――理研や産総研など、著名な研究機関も既に登録機関として掲載されています。大学や研究機関側の利点を教えてください。

大学や研究機関においては、機器レンタルによる収入面ですね。
表向き潤沢な研究資金を得ているように見えて、実際には人手不足で困っている研究室は多くあります。

研究資金の用途が限られているため、機器があっても人を雇うお金が無いというケースです。
また、地方大学等の潤沢な予算がない大学では、研究室の予算が少なすぎて、年の後半は開店休業状態になっているという話もあります。
この状況で、機器レンタルで仮に月30万円の収入を得たら1人雇える。これは大学側や教授の方にも響いているなと感じます。

――収入以外にも人の交流が生まれるのかな?と思ったのですが。

僕個人はその「人の交流で新たなものが生まれる」という価値の可能性が大きいと思っています。

僕自身が所属する東北大学も、研究室がかなりオープンなので企業の方がよく訪れます。
すると何気ない会話から企業のニーズを知れますし、新しい研究の種が生まれたり、時にはそれが予算を獲得する研究テーマにまで発展することもあります。

Co-LABO MAKERで機器をレンタルして、最初は収入面のメリットだけだと思っていたら、頻繁に外部の方と交流が生まれて、お互い意気投合して共同研究がスタートしたり、自分の研究に新しいアイデアが生まれたり、という体験に繋がるといいなと考えています。

取材時点での主な研究機器の登録機関。理科学研究所や産総研、HITACHIなど大手も利用している。

■大企業がオープンイノベーションのきっかけとして、研究設備を活用


――人の交流でメリット、というのは研究機関に限らず企業にとっても良さそうですが。

はい、自社で研究設備を持つ大手企業さんにはぜひ「オープンイノベーションのきっかけ」として活用頂きたいですね。

充実した研究設備を持つ一方で、そのリソースを持て余す企業さんもいるでしょうし、一方では社内だけだと新しいものが生まれづらいという悩みに直面している事も多いと聞きます。

研究機器の貸し出しを通じて外部の優れた研究テーマや研究者と繋がることで、機器をレンタルするだけでなく共同研究であったり、そのチームを支援したり出資したり、そういう動きにも繋がると思います。

――外部の人との交流のきっかけとして、自社の研究設備を活かす。

はい、僕もかつてメーカー勤務でしたが、自分たちが取り組むものに集中しすぎて、異分野や外部との交流が生まれにくい状態を経験しました。「機器を使わせてほしい」というニーズをきっかけに、外部との交流、自分たちが知るべき流れやトレンドの把握など、メリットが大きいと思います。

大手企業であれば社内ルールも整備されていて、逆にこうした新しい取り組みに必要な体制面も整備しやすいと思います。
大学や研究機関と比べても、民間企業の研究開発費は日本国内でとても大きいものです。
その遊休資産が解放されることで、企業側にも新しい事業の種が生まれる、双方にメリットがあると思います。

Co-LABO MAKERでは実験機器・技術をもつ団体や個人向けにもサービスの登録を呼びかけている。
収入面や共同研究のきっかけ作り、など技術のニーズ探索など、多くのメリットがある。

■研究者が真に研究者らしくあるには、組織と分野の垣根を超えたほうがいい


――研究者のためのサービスであるCo-LABO MAKERが、今後どういった世界を実現したいか?について教えてください。

「持たざるものでも、小さく始められる、新しい種をまける研究の世界」の実現です。

仮説は出来た、しかしその先のプロセスに進めない。所属する大学や企業のしがらみや、研究に必要なコスト・プロセスの問題で、そういったことは頻繁に起こっています。このサービスを通して、研究環境や資金などが不足している「持たざる研究者」が次のプロセスに進みづらいという現状を変えられると思います。

近年のITエンジニアは、所属企業や手元の資金に関係なくGitHubやオープンソースの仕組みを駆使して次への種を撒きつつ、フットワーク軽く活動する方も増えたと思います。これと似た状況を研究者に提供する。

――現状のポストや居場所に関係なく活躍する。

はい、研究組織や分野ごとに存在する壁を無くして、フットワーク軽く行き来できる。

新しいものは、異なるものとの融合で生まれるという側面がありますよね。分野や組織の垣根なく研究者が活動できれば、結果的には個人も企業も研究機関もその「新しいもの」を生みだしやすくなると思います。

研究者は新しいものを世界に生み出したい人たち。
ということは、フットワーク軽く分野や組織の垣根なく活動することこそ、研究者が真に研究者らしい状態になれるのだと考えています。

多くのビジネスコンテストに出場していた古谷さんが「本気でやりたいアイデアはなにか?」を考え、
研究者として感じていたモヤモヤを形にするところからCo-LABO MAKERが生まれた。

――古谷さんもかつて、企業の中で視野が狭くなるのを危惧して動き出したたら、Co-LABO MAKERに繋がったわけですしね。

はい、企業の中には研究に打ち込める十分な環境もありますが、同時に会社の意思決定としてある日突然自分が本当に得意でやりたい研究がストップすることもあります。

しかし正直、環境さえ揃えば一般市民の方でも研究は出来ますし、そういう方も実際にいます。
ウェブサイトにも書いてありますが「研究の民主化」を進めていきたいと思っています。

現状僕らのサービスは「研究機器のシェアリング」ですが、ネーミングは「CO-LABO(コラボ)」です。
シェアリングはあくまでもコラボレーションを活性化するためのスタート地点です。

僕がなぜ研究が好きなのか?を考えると、もちろん材料という分野や研究内容も好きなのですが、やはり「これまでに無かった新しいものを作る・新しい価値を作る」ということが好きなんです。
これはCo-LABO MAKERという事業も「世界に新しいものを生みだす」点で一緒だと思います。だから楽しい。

Co-LABO MAKERをきっかけに、研究者と企業や研究機関が交流し異分野から刺激を受け、ちょっとした会話から新しい種が生まれる世界。それを目指した研究と実践を行っています。
その最初の段階として、うまく配分されずリソースの余っている「研究設備や研究機器」のギャップから埋めていこうと考えています。

この記事を読んで頂いている方々にも、使用する側や研究リソースを提供する側として、ご参加いただければと思います。
ぜひ一緒に新たな研究開発のエコシステムを構築し、よりよい研究開発のかたちを実現していきましょう。


古谷優貴 株式会社Co-LABO MAKER 代表取締役
修士課程ではシンチレータ(放射線検出用結晶材料)を研究、2011年より昭和電工株式会社にて、パワー半導体結晶(SiC)の研究開発・事業立ち上げに従事。2015年に始めたアイデア投稿で多数受賞したのち、第2回MVPアワードにて最優秀賞を獲得した実験機器・技術のシェアリングプラットフォーム「Co-LABO MAKER」の立ち上げに注力。2017年2月より株式会社C&A(東北大学発ベンチャー)に所属し、4月より現職。東北大学工学研究科博士課程。

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)