2015.09.11 FRI ジーンクエスト代表取締役 高橋祥子さん「IT分野をどんどん巻き込み、医療費の削減という課題の解決に取り組みたい」
text by : | 編集部(聞き手:astamuse.comディレクター 波多野智也) |
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photo : | 編集部 |
2013年の6月に、東大の大学院で遺伝子解析の研究を進めながら、株式会社ジーンクエストを創業し安価な遺伝子解析キットを提供するビジネスを立ち上げた代表取締役の高橋祥子さんに、働き方、起業後のエピソード、医療分野の課題等について話を聞いた。
―ジーンクエストの事業について教えて下さい。
個人の方向けに、生活習慣病などの疾患リスクや体質の特徴を調べられるゲノム(遺伝子)解析サービスを提供しています。また、そこで蓄積されたゲノムデータをお客様の同意を得た上で匿名化し分析することで研究に役立てる、という形をとっており、個人向けの解析サービス提供と法人向けのゲノムデータ分析サービスの二軸で展開しています。
―もともと、高橋さんが遺伝子解析に興味を持ったきっかけは何だったんですか?
ゲノム自体は、解読されたのが2003年で当時高校生だったのですが、「ああヒトゲノム計画ってのがあるんだな」くらいの感覚だったんです。
その後、大学で遺伝子分野に興味を持ち、東大の大学院では大規模なゲノムデータを分析し、生活習慣病の予防のメカニズムを研究していました。
―最初から遺伝子の分野の研究をされていたんですね。
私の家系は理系の人ばかりで、医者や腫瘍の研究をしている人などアカデミックな人が多かったので、自分も研究者としてのキャリアを歩んで将来は大学の教授になる、と当時は考えていました。
―お話を伺って、当時の高橋さん自身の考えも研究者志向だと感じるのですが、どうして起業されたんですか?
ヒトのゲノムを研究する時って、膨大なデータが必要になるんです。そうなると社会や人を大きく巻き込まなければいけない。だから今ある研究成果を使って何かサービスを作り、それを社会に提供することで更にデータが蓄積されて、結果研究が加速する。
そういう、研究とビジネスが相互に回る仕組みを作らなければ絶対に発展しない。それは研究室の中だけでは難しいので、起業していまのジーンクエストが提供するサービスを作った、という経緯です。
―なるほど、でも研究者として研究に打ち込み、いつかは教授になってという流れからはかなり急展開ですよね。家族や周囲の方の反応はどうだったんですか?
家族については、事前に相談したら絶対に色々と言われると思ったので、実は会社を立ち上げて半年経ってから事後報告しました(笑)
後に一緒に起業することになる研究室時代の先輩とはよく議論をしていて、先ほどお話した「サービスを提供し、データを蓄積し、結果さらに研究が加速する」というものの実現において「やっぱり会社を作らないとダメだよね」という話をしていました。
―起業する際に、未知の領域に飛び込む怖さとか、苦労したことなどはありましたか?
かなり苦労はしました。ただ「怖さ」はそんなに無かったです。当時は大学院に在籍しながら、という形でしたから、万が一失敗しても大学院に戻るだけだ。まずはやってみよう。という感じで。
■大きなことを成し遂げるために、人に対して優しくなれた
―最初は大学院との二足のわらじで起業されて、たしか今年の春には大学院も卒業されましたよね。
はい、一応研究員という形で現在も所屬してはいるのですが。
―会社の中で働く方も増えてきて、いわゆる「いつでも戻れる」の次のフェーズに突入されているのかな?と感じるのですが
そうですね、色々と変わってきたのは確かです。わたし自身は、大学院から社会人経験ゼロで起業しているので、正直にいうと「会社員の方がどういう思いで日々働いているのか」がわからないんですよ。
―雇用「される側」の人の思考を理解できない時があると。
はい、一例をあげると、モチベーションってありますよね。わたしは基本的にずっとモチベーション高く仕事に打ち込むタイプなので、他人のモチベーションの上げ方や引き出し方といったものがわからなかったんです。
―そういう時はどういう工夫をされているんですか?
正直、これだという解決策は見つけられてなく試行錯誤中です。
起業する前の研究室時代も、自分は朝から夜中まで研究に没頭していて、後輩が帰ろうとすると「何で帰るの?やる気ないの?」と問い詰めたり(笑)
―硬派ですね(笑)
ただ最近少しずつ変わってきたのは、事業に関わる全員が同じモチベーションなわけはないですし、朝から夜まで業務に打ち込むことだけが必ず最良の結果を導き出す方法ではないこともある。
自分が一番成果の出ると信じた手法で突き進む個人プレーではなく、周りと話し合いみんなで協力して、一人では出来ない大きなことを成し遂げる、そのためにチームを作っていくのが会社なんだ、と学びました。たぶん以前より人に対して寛容になれたと思います。(笑)
■追い詰められた時に、人はどういう行動を取るのか
―起業当時に比べて、周囲に起業家の知り合いが増えてきたと思うのですが。例えばIT分野の方とか。
そうですね、かなりIT分野の経営者に知り合いは多くなりました。
イベントの登壇時に、色々とお話させていただいたりして感じたのは、ちゃんと「コミュニティ」が出来ていて、起業時や起業後にどうやって組織を大きくするか?の方法論など、上の人から下の世代にしっかりと受け継がれているなと。
―ITのベンチャーと、医療分野のベンチャーは色々と違いますか。
はい、バイオとか医療分野はそもそもITに比べて起業する人自体がすごく少ないので、先程のような「コミュニティを形成しノウハウを受け継ぐ」という文化が無く、新鮮でものすごく勉強になりました。
―確かにノウハウ共有は大きなメリットですね、でも参考になる話もあれば少し事情が違う話もありそうですね。
はい、お話を聞いているとITベンチャーの方同士って課題や悩みに共通項が多いみたいで、組織論とか、広告やマーケティングのお話とか。もちろん自分にも通ずるものは多いですけど私たちのようなバイオや医療という分野だと「倫理的な話」をどうするか?みたいな議論もあって。
―ああ、確かにそういう話題はIT企業では少ないかもしれないですね。
私たちが扱う事業やデータ自体って、そもそも「生命」という曖昧で謎が多いものですから、そういった点は違ってきます。
ただ最近は医療・バイオ分野でもベンチャー企業が増えて、例えばユーグレナの出雲さんなどは大学の先輩で、心から尊敬する起業家の一人です。
あの方も創業社長で、最初はたった数人で起業してたくさんの人を巻き込みながら東証一部上場企業まで持っていった方なので、起業して「起業家」となっても、事業や組織を拡大し「一人前の経営者」になるのに必要なものは違ってくる、どのように人は起業家から経営者になるのか?といった話を尋ねて教えてもらったりしています。
―先ほど一人で出来ないことを、チームで成し遂げるお話がありましたが、ジーンクエストで働きたい!という方と面談される際はどういう点を見ていますか?
「この人いいな」と思うのは、プロ意識が高く、自分の出来ること・出来ないことを理解し、やりたいことが明確で、それがジーンクエストの中で実現できる!と思っているような人はいいですね。逆に、すごく根本的なことなんですが、「言い訳する人」「嘘をつく人」「前職の悪口やネガティブなこという人」はまずNGです。
―たしかにそうですね、でもそれを面談で100%見抜くのは実際難しくないですか?
実は面接の時に、結構難しい課題を与えて提出してもらっているんです。
文章量も多く、本気で考え抜いても回答を埋めるのが難しいだろうな、と思うレベルの課題を出しています。
―その回答をしっかり読んで、その人の本質を見ているんですか?
はい、そういう難しい課題に取り組んだとき「どう対応するのか」を見ています
人って追い詰められた時、「逃げる」か「開き直る」か「他人のせいにする」か、どれかを選択すると思っていて、さあこの人はどれをするのだろう。と
―そういうときに、その人の本当の姿が現れると。
はい、ここは出来ます。これは正直申し上げて出来ません。と素直に自分の考え抜いた答えを返す人がやりやすいですし、そういう人は後々成長する気がしています。
■遺伝子解析というものへの誤解を取り除く
―先ほど生命という曖昧で謎の多いものを事業としている、というお話がありましたけど、遺伝子解析というビジネスは誤解を受けたり不安がられたりする苦労もあったと思うのですが。
はい、ありました。というか現在でも誤解を受けることは多々あります。
例えば、「遺伝子解析をすると差別を受けるんじゃないか」「保険料が引き上げされるんじゃないか」「取られたデータを何か悪用されるんじゃないか」とか。
―不安というか、警戒されている感じがしますね。
一方で、逆のパターンもあります。いま提供している解析サービスでは「生活習慣病を防ぐために、どのような生活改善をしたらいいか」といった情報をお返ししていますが、もっと「決定的論的な何かが判明する」ものだと勘違いされたりもします、例えば「自分の寿命があと何年なのか正確にわかる」と思われていたり。
―ああ、全てが解明される夢の技術だと思われてしまうんですね。
そうです、だから「そんなことまで全てがわかってしまうのは怖い」という反応や、「そんなサービスやっていいのか?」と講演に登壇した時の質疑応答で聞かれたりします。
―なんだか、最近の「人工知能」とか先端技術の扱われ方と、雰囲気が近い気がします。
そうですね、だから最近ドローン(無人飛行機)を巡っての法的規制のニュースを見ると、全く他人事とは思えないです。
新しい技術や新しい理論が出てきて、それを用いて何が出来るかがわかってくると、沢山の人が議論したり意見を出したりするようになり、その議論を基に、これはやらないほうがいい、これは気をつけようという「倫理的な基盤」が形成されると思うんです。
―そうですね、どうしてもそういった議論は後追いにならざるを得ないですね。
ただ「これが出来ます」の状態で倫理的な基盤が整う前の段階で、「ここが問題だ」「ここが懸念材料だ」と騒いでしまうと、人類は何も前に進まないですから、こうしたほうがいい、ここは活用できそうだ、という「建設的な議論」の継続が大事だと思います。それを規制という形で片付けるのは色々と危惧感を抱きます。
―ドローンの規制の話題などは日本国内で特に大きいですけど、やはり日本特有の問題を感じますか?
ジーンクエストの事業である、遺伝子解析という分野でお話すると、既にアメリカでは遺伝子解析サービスが広まっていて考え方がオープンだと感じます。優生学とか、そういった考え方の浸透など、歴史的な背景もあるかもしれませんが。
―たしかに、歴史的な背景や、各民族がバックボーンに持つ宗教観に根ざす違いもありそうですね。
そうですね、宗教でいうと「遺伝子の情報を解き明かすなんて神への冒涜だ!」と言われることもあります。
さまざまな賛否両論の考え方があることはもちろんいいことだと思いますが、今の時代は興味を持って適切な情報を探そうとすれば、ちゃんとたくさんの情報がネット上で見つけられたりもしますから、適切な情報を得て、建設的に議論する。という文化がもっと広まるといいなと思います。
■病気を予防することで、医療費の削減につながる
―少し大きな視点からお伺いするのですが、遺伝子解析のみならず、医療分野全体における、「現在の解決すべき課題」って何だとお考えですか?
国内でいうと、まずは確実に医療費の削減ですよね。
―即答ですね。
どう考えても医療費の削減ですね、そのためには様々な切り口の手法があると思います。
ジーンクエストであれば、その中でも「予防」という点に重きを置き、遺伝子解析することで「病気になってから治療する」ではなく、「病気になる前に予防」ということに貢献していきたいと思っています。
―病気になってからの治療費って、高いですもんね。
疾病、例えば糖尿病であれば重い症状になる前に悪化を予防したほうが、医療費が下がるという調査結果も出ていますから、そういった領域に確実に貢献していきたいと思っています。
―病気になって症状を自覚する前に、遺伝子の解析によって予防に役立てるんですね
それが遺伝子解析を受ける直接的なメリットなんですが、それによってデータが蓄積されて研究が加速すると何に役立つか?というと、「現在原因のよくわからない、治療法がわからない病気」が沢山ありますよね。
―ありますね、原因がわからないと対策が立てられないですよね。
でも、そういう疾病を発症された方のデータが蓄積されれば、どの遺伝子や分子が、病気の発症や病状の進行に関係するか?ということがわかってきて、結果的に治療法や予防方法の両方に貢献できる、と考えています。
―そういった課題に取り組む上で、医療分野にどういう人材が増えて欲しいと思いますか?医療分野はウェアラブルやビッグデータなど、他分野との領域横断が活発な分野だと思うのですが。
人物像は先程の繰り返しですけど、これからも新しい技術がどんどん出てくるので、そういった新しいものに否定的になるのではなく、どうやったら正しく活用できるか?それによってどういう世界を描けるか?という前向きな議論ができてその姿勢をずっと持てる人が増えてほしいと感じます。
スキルや専門知識では、新規事業の立ち上げや新しい市場の創出とか、事業化できる人ですね。
大学の研究室って、面白いネタを持っている人がいっぱいいて、そういうところに事業立ち上げのうまい人が融合すると、もっと面白いことやイノベーションが起こると思っています。
―すごい手前味噌な話ですが、研究と事業の融合によるイノベーションが起こる話って、僕らが運営しているastamuse.com をはじめとした事業全般のビジョンそのままの話なのでびっくりしました。
あ、じゃあ良い回答をしましたね(笑)でも本当に心底そう思ってますよ。
■ゲームやアプリよりも、これからの時代は「バイオ」だ
―では、医療分野の課題に取り組む上で、鍵となるスキルや専門知識はどういうものだとお考えですか?
うーん、どういう言い方をすればいいか迷いますが、注目してるのは生体分子情報のビッグデータです。「ビッグデータ」ってバズワードっぽくて微妙ですけど。
―でも大事ですよね
今の時代って、色々なコストが下がってきて、データそのものはかなり多く安価に得られるようにはなってきているんですが、ただその「出てきたデータを活用できる人」がいないというのがあります
―いわゆるデータサイエンティストと呼ばれるような人ですか
そうです、特にこうした生体分子情報になると、生物に関する基本的な知識がないとやっぱり難しいので、バイオインフォマティシャンと言うのですが、そういう人の数が少ないんですよね。
データの処理と分析って基本的にITの知識が無いと出来ないことなので、得られた膨大なデータをコストを抑えながら処理して分析する工夫とか、IT分野を巻き込んでいかなければいけないなと。
―IT業界にいる人は、もっとバイオや医療に興味を持ってほしい、と
ITの起業家の方と知り合うと、アプリやゲームの事業をされている方が多いのですが、個人的には「これからの時代はITをバイオに活用していく時代だ」と思っています。IT業界にいるデータ分析のノウハウを持つ優秀な方が、今後バイオや医療に興味を持って取り組み始めてくれたらいいなと思います。
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