Interview

(前編)東京大学 竹内研究室 竹内昌治さん「研究者の好奇心の芽を摘まず、非連続なイノベーションを起こしたいんです」

text by : 編集部(聞き手:astamuse.comディレクター 波多野智也)
photo   : 編集部

匂いに反応するロボット、人の形の三次元細胞、体内埋め込み可能なセンサーなど、「Think Hybrid」を合言葉に多彩なバックグラウンドを持つ研究者が集結し、その成果を発表し続けている東京大学 生産技術研究所 竹内研究室の竹内昌治教授に、多様性の大事さ、世の中への発信、起業について話を聞いた。


 

■自分と違うこと、を尊敬する

 

―竹内先生の研究室は、芸術やデザインなども含め非常に多様なメンバーが集まり、いろいろな分野の研究をしていると感じました。意図的にこうしたメンバー構成にされているんですか?

そうですね、僕は機械工学分野の出身ですけど研究室内にはお医者さんも、化学、物理、最近は芸術(メディアアート)のバックボーンを持つ人も所属しています。何か大きな問題を解決しようとするなら、いろんなバックグラウンドの人が集まらないとできないよね、という考えのもとに異分野融合型の研究室を運営しています。

たとえば、研究が煮詰まったとき、異分野の研究者が来て新鮮な考え方が入ると、長く悩んでいた問題がサッと解決してしまうことがある。それを実践するのがこの研究室のミッションだと考えています。

 

―同じ分野の人間で集まり過ぎると、研究が進まないと?

いえ、ぼくは、研究のやり方自体には正解が無いと思っています。研究に取り組む本人の性格やポリシーにそって、様々なアプローチがあると思います。

中でも、特定の領域の専門家が集まって専門性を高めた研究を進めていく、という手法が研究の王道だと思います。ただ、実際には時々どこか煮詰まることがある。その時ぜんぜん違う知識や物の考え方の人が入ると、カンタンに解決してしまうことがあります。

 

―でも実際にそういうメンバーが集まって議論するのは、大変じゃないですか?

お互いが持つ常識が違いますからね。すごく長い時間がかかります。

例えば僕は「工学」をバックグラウンドとしています。工学にとっては、最後に「作る」ことが大事、でも「理学」の人にとっては「わかる」ことが大事なんです。もちろん、研究の過程においては、「作る」と「わかる」は交互に出てきます。たとえば、「何か特殊な実験装置を作ることで、生命現象がわかる」場合や、「何か新規の物理現象がわかったことで、役に立つデバイスが作れる」場合など、「作る」と「わかる」はどちらも重要なことなのですが、最終的にどちらを重視するかが、それぞれの分野や研究者によって違っています。

 

―そういう多様なメンバーで進める研究において、活躍する学生さんの共通項とかってありますか?

まず、貪欲に物事を吸収しようとするマインドを持っているかどうか?です。

自分はこの分野の専門だから、それ以外のことは知らないし、やらないっていうタイプは難しいですね。最初は理解できなくて居心地が悪くても、とにかく研究室の中で多様な価値観を自分から理解し、自分と違うことを尊敬しようとする。そういう人が多いと思います。

 

―自分の殻に閉じこもらず、根気があって、理解できなくても相手を尊重する。

いかに他人の興味や価値観を理解し、リスペクトできるか?が大事ですね。

 

■アウトプットすることを諦めない

 

―研究室で多くの学生を指導する立場として、今後の人生に役立つように教えていることってありますか?

理系って、社会に出る前の最終段階が大学院というケースが多いので、研究室に入ってきたとき最初に「社会人になると、何か困難に直面した時、諦めたりめげたりしてしまう状況が多くなる。だからここでは、そうならないような知力・精神力を育成します。」と伝えています。

 

―どうやってそれを教えているんですか?

研究では、最初にテーマを決める際に、無から有を生み出す辛さを経験します。また、テーマを進める中で、いろんな課題が待ち構えています。その局面で、どれだけ深く考え、手を動かし、自分なりに解決法を導けるかが大事なのですが、それにはある程度の「期限」があるんです。

 

―はい、ずっと取り組んではいられない。

もちろん、研究には終わりはありません。高いゴールを目指そうと思えば何年も何十年もかかることがありますし、それでも実現できないこともあります。ただ、研究の過程では、ある程度の期限で区切って、こまめにまとめていく力が必要になってきます。そのため、研究室では、だらだら研究を進めるのではなく、ある程度の期限までに、いかに研究成果をうまくまとめるか?ということを意識してもらいます。

それをなんとかやりきる、ある意味「要領の良さ」です。

うちの研究室では「頑張って、粘って、取り組みました。でも期限に間に合わすことができないため、何もまとめることはできません」というのは「無し」なんです。

 

―アウトプットが大事だと。

そのアウトプットのレベルはどうでもいい。最後までにあきらめずに、それまで得られた研究成果から、第三者からみて纏まったストーリをいかにできるかが大事になってきます。たとえば、定期的にある国際学会の締切りまでに、研究成果をわかりやすく予稿にまとめることができるか?その期限を逆算してどう進めるか?といったことを実際に経験できる機会が年に何回かあります。

研究活動に限らず、社会に出て行ったあとって、こういうことの連続じゃないですか。

 

―そうですね、仕事って締切ありますし、わかりやすくまとめることも大事ですね。

その時に、アウトプットを評価する側に伝わる形で、説得力のあるものをちゃんと期限に間に合わせて出す。そのことに諦めない精神を持とう、というのが教育方針ですね。

 

赤がアクセントの実験台が並ぶラボ
赤がアクセントの実験台が並ぶデザイン性にも優れたラボ(画像提供:東大竹内研究室)

 

■僕たちのやり方は邪道。でもその結果新しい発見がある。

 

―研究テーマってどのように決めているのでしょうか?

普通の研究って、課題があってそれをなんとか解きたいというのがモチベーションにあります。実は、僕たちの研究には、大抵の場合、最初の段階でその手のモチベーションがないんです。どんな社会的課題を解くためか?はあとで考えよう。「とりあえず手を動かして、何か新しいものを作ってみよう」というのが多くの場合です。

 

―それはユニークなアプローチですね。

ある意味、邪道ですね。

でもね、その結果、最初は誰も想像しなかったような、新しい課題が発見されたりするんです。何が最後に生き残るかわからない、ならば最初は好奇心に任せて多様な研究を進める。とにかく進め、うまく動いたものが、最終的にこれまで難しかった課題の解決手段になりましたってことがある。ぼくは、そういう研究スタイルを維持したいし、最初に純粋な好奇心から生まれる発想、その芽を摘みたくないと思っています。

 

―でも、それは周囲が納得しづらくないですか?

もちろん研究費を頂いてますし、研究費は「この課題に取り組む」というミッションありきですから、それはしっかりやります。でもその背景には、色んな「今は無駄な研究」がたくさんある。この無駄が大事なんです。

ほとんどの研究者は、最初に「これを作ってみたい」「この現象を実際に見てみたい」「このメカニズムを知りたい」という純粋な好奇心からその分野に没頭します。ぼくはこれを潰したくないんです。

 

―初期衝動のようなものですね。

はい。好奇心から始まる研究は、最初に意義を説明できる場合が少ないです。将来、何に化けるかわからない。誰もやってないから結果がわからない。でもそれは「今の僕らが説明できない」だけで、100年後には当たり前に活用されている現象やパーツ、プロセスになるかもしれない。

 

―いまの価値観で判断できるものに固執しないと。

じゃないと「非連続なイノベーション」って生まれない気がします。よく失敗から学んだ、とかいうエピソードありますよね。取り組んでいる本人が予想もしなかった結果や完成物が実は社会をガラッと変える可能性がある。

 

―たしかに、多く手を出すことで失敗から学べる数が増えそうですね。

普通は、芽がたくさん出たら間引いて養分を集中させるのが王道なんでしょうけど、ぼくは一旦すべてを育てようとするんです。その後ダメになっても「途中までの育ち方」を観察できますから。

最終的に何になるかわからない、けど育つ過程が面白いものもあります。

 

―研究室にも「Think Hybrid」って掲げてますね。

はい、分野や領域も、進め方やプロセスも、材料も、全部集めてごちゃまぜにしちゃおうっていう。

学生は面白いですよ。ある日「先生、よくわからないけどこんなのできちゃった」って報告されて、おまえは一体何者なんだ!?ってぐらい面白い結果を見せられることがあります (笑)

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研究室には「Think Hybrid 」のスローガンが掲げられている

 

■僕たちが興味を持っているものに興味を持ってもらう

 

―「いま必要な理由はわからないけど、潰してはいけない」という説得はどうやってしているんですか?

たとえば、健康寿命を10年伸ばすためには?医療費を削減するためには?少子高齢化問題を解決するには?という重要なテーマに沿って研究テーマを立案するのが王道ですが、即その手の社会的な課題に結びつけることができない場合は、僕は「研究者として、ぼくはこれがやりたいんです!」という正面突破もあるときは必要だと思っています。

 

―えっ、大義名分を作らないんですか?(笑)

もちろん大義名分は必要です。ただ、純粋な好奇心から発生した研究テーマに、小手先の大義を語っても、反論されるだけです。そうゆう場合は、ダメ元で、研究者の思いを素直にぶつけた方が、理解が得られると思っています。

例えばアーティストが「俺はこの絵が書きたいんだ!」って1枚絵を書きます。でも「この絵には何の意味があるの?」なんて美術館に訪れた人は質問しないですよね。そこから何か共通の価値観を感じるから受け入れられるのだと思います。ときに研究者もそういったアーティストと同じような感覚をもっていると思っています。

 

―研究者がアーティストですか?

自分自身の純粋な興味によって発生する「研究したい(作品を作りたい。描きたい)」という衝動が、研究を遂行する上で一番重要だとは思っています。その点で、研究者とアーティストは似ていると思います。もちろん、違うこともたくさんあります。一番の違いは、税金を使っているということです。研究費の多くは、府省庁からの競争的資金なので、もともとは税金です。ですので、本当のアーティストのように、好き勝手にはできない。だから、社会に対して「なぜそれをやるのか」の説明は絶対必要で逃げてはいけない。

 

―たしかに研究室紹介のパンフレットは、自分たちが何に取り組んでいるのか?の説明をしっかりやろうという意識を強く感じました。

そうですね。先ほど「僕はこれに興味があるからこの研究をしたいんだ!」っていう話をしましたけど、税金を使うなら「我々が興味を持ってることに、国民にも興味を持ってもらわないといけない」と考えています。

そうじゃなきゃ、研究費が出るはず無いですね。

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デザインやわかりやすさにこだわった研究室のパンフレット(画像提供:東大竹内研究室)

 

―税金を出す側の人たちが「竹内研究室でやってることは面白い」とならないといけない。

だから、世の中の興味があるものにフィットさせて、理解を求めていくことが必要だと思っています。

税金を使わせていただく身として、よく言われることですが、仮に僕が路上ライブや個展のようなものを開いて、自分の研究を語ったとして、たまたまそれを聞いていた人が「面白いね」って1人1円出してくれたとするでしょ?それが1億人なら1億円の研究費になる。そういう気分でやっています。


 

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