2018.10.11 THU 健康状態がわかるIoT靴。シューログプラットフォーム「ORPHE TRACK」——株式会社no new folk studio菊川裕也
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部,no new folk studio |
2016年9月に販売開始されたスマートフットウェア『Orphe(オルフェ)』。LEDとモーションセンサー、Bluetooth通信機能を搭載したこの靴は、ダンサーをはじめ、さまざまな業界から注目を集めました。
そのテクノロジーを引き継ぎつつ、現在は靴にAIを搭載して歩き方や走り方のデータを記録・解析する、世界初のシューログプラットフォーム『ORPHE TRACK(オルフェトラック)』の開発が進められています。手がけるのは「日常を表現にする」というミッションを掲げるスタートアップ企業no new folk studioです。
代表の菊川裕也氏に、ご自身が考えるスマートフットウェアの可能性と『ORPHE TRACK』で目指すことを伺いました。
「靴が楽器になったら?」という発想から生まれた「Orphe」
LEDとモーションセンサーが内蔵されており、履いている人の動きに合わせてソールが光ったり、音が鳴ったりするスマートフットウェア『Orphe』。発売後、光と音で新しい表現を可能にする靴として話題になりました。
この靴の研究がスタートしたのは、ウェアラブルデバイスが話題になりはじめた2013年頃。当時、大学院でインタラクティブアートを研究していた菊川氏は、「スマートグラスやスマートウォッチはあるけれど、靴はまだスマートになっていない」と思い、靴のIoT化に着目したのだそう。
「靴はみんなが毎日履くものなので、ウェアラブルデバイスの1つとしてすごく可能性があると思ったんです。それと僕自身が音楽活動をしていたこともあって、最新のテクノロジーを使って靴を楽器にしたら表現の幅が広がるのではと考えました。そこから、既存の靴にセンサーを取り付けて、無線で飛ばして、コンピューターで音を鳴らしてというプロトタイピングを始めました」
楽器のような靴というコンセプトから始まったこともあり、2016年のスマートフットウェア『Orphe』発売後はダンサーと組んだパフォーマンスなどを実施。こうした取り組みをしていく中で、菊川さんは音楽やダンス以外のスマートフットウェアの可能性に気がついたといいます。
「リハビリや医療関係の方、スポーツのコーチングをしている方などが『Orphe』に興味をもってくれました。普通の靴と同じように履けて、リアルタイムにセンシングして反応するということが、実は生活のさまざまなシーンで使い道があると気がついたのです。実際、高齢者の歩行訓練の際にレクリエーションとして『Orphe』を使っていただいたケースもありました。
それと、ダンサーとのパフォーマンスを通してたくさんの方に『Orphe』を知ってもらえたのは良かったのですが、一方でダンサー向けの靴というイメージができてしまったのかなという迷いもあって。
『Orphe』に対する多種多様な反応をいただいたことで、より日常の中で使えるスマートフットウェアに挑戦してみたくなったのです」
そして開発をはじめたのが、履いている人の足の動きからさまざまなデータを取って解析する、シューログプラットフォーム『ORPHE TRACK』でした。
歩き方を測定するだけで健康状態がわかる
『ORPHE TRACK』は、インソール内にORPHE COREと呼ばれるAIを搭載したセンサーモジュールを組み込んでおり、それによって靴を履いている人が歩いたり走ったりするときのスピードや、歩幅、足の角度、着地時の衝撃などを含むデータをリアルタイムに取得できます。体の動きを測定するモーションキャプチャーと『ORPHE TRACK』で得られる値を研究したところ、かなり高い相関関係が得られるということが判明。つまり、『ORPHE TRACK』を履いて動くだけで、モーションキャプチャーのような高精度のデータを取得できるということです。
その特徴を利用して、現在は『ORPHE TRACK』と連動する、ランナー向けのスマートフォンアプリの開発が進められています。これによって、これまでトップアスリートしかできなかった走り方や着地の仕方などの分析が、一般のランナーでも気軽にできるようになります。
「健康のためにランニングを始めるのに、ランニングによって膝を痛めてしまうというような方が多いんですね。こうしたケガなどを予防するために、『ORPHE TRACK』を履いて走ることで、誰でも走り方の見直しができるようにすることを目指しています。今後データが蓄積されていけば、将来的に体形や走り方のクセから『こういう傾向の人は膝に負担がかかりやすい』といったアドバイスをしたり、個々にあったトレーニングを提案したりすることが可能になると考えています」
『ORPHE TRACK』は、こうしたランナー向けのスマートシューズと、アプリケーションというかたち以外にも、健康分野での幅広い展開を想定しているそうです。
「歩くことと健康には相関関係があるので、データを分析することで健康状態を知ることができると考えています。例えば、健康状態が悪くなると歩くスピードが遅くなると言われていますし、1日8000歩以上歩くと生活習慣病の予防につながります。また、歩行の様子から認知症の予備軍かどうかなどもわかります。つまり、どれだけ歩いているか、どういうふうに歩いているかを見ることで、その人の健康状態や将来の健康リスクを予想できるんです。そして『ORPHE TRACK』で集められるデータを、ほかのデータと組み合わせることによって、可能性はさらに広がると思っています」
プロダクトそのものだけでなく、そこから得られるデータでさらなる価値を生み出せるのが『ORPHE TRACK』の強み。すでにデータを活用した新たな取り組みもスタートしています。その1つが、三菱UFJ信託銀行が提供する情報信託プラットフォームの実証実験への参加です。同銀行が構想する情報信託プラットフォームとは、生活者の個人情報を同銀行が安全に管理し、それらを企業に提供することで生活者自身にも対価が与えられるという仕組み。パーソナルデータが本人の知らないところで勝手に取り扱われることはなく、本人が許可したデータだけが取引されます。no new folk studioも100〜1000人くらいの協力者に、スマートフットウェアを履いてもらい、そこで蓄積したデータを提供しています。
「将来的に歩行に関するデータを扱ったビジネスを展開していくためには、まずたくさんのデータを集めることが必要です。情報信託プラットフォームのような仕組みをうまく活用できれば、個人情報の扱いの問題をクリアにすることができます。歩行に関するデータの市場はまだ存在していないので、どれだけの価格でどのくらいの流通が期待できるのか、需要と供給を知るとこから始めたいと思っています」
今しかできない表現に挑戦する
新しいテクノロジーを使った楽器のような靴を作りたいという想いから始まったスマートフットウェア開発。そこからデータの計測を目的とした『ORPHE TRACK』につながり、さらにはデータを活用したビジネスへと広がろうとしている中で、改めて菊川氏が考える「表現」とはどのようなものなのでしょうか。
「もともとやりたいと思っていたのは、アートのプロダクトが人々に行き渡ることでみんなが表現者になるということ。舞台で踊ることも日常を彩ることも、全部表現だと思っています。今は歩き方のデータを集約して活用しようとしていますが、これって今しかできない表現だと思うんです。10年前だったら思いついても技術的にできなかったはずなんです。
実際、人を健康にするというのはおもしろいんですよ。歩いたら健康になるということは、だいぶ前からわかっているはずのに、なかなか行動にうつせない人が多い。企業は、どうやったら人々に行動変容を起こせるか向き合わないといけないのですが、それって結局『人々にどう感じてもらうか』なんだろうなと。表現に向き合ってきた僕たちだからこそできる社会貢献があると思うんです」
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