Interview

語学学習を入り口に、他言語圏の人と交流し互いの国・文化を理解しあう世界 ――株式会社Lang-8 喜 洋洋

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社Lang-8

ユーザーが世界200カ国以上の国と地域からアクセスし、120もの言語で互いに交流する日本発の語学学習サービスがある。Google Play「ベストオブ 2017」アプリにも選出された「HiNative」を運営する株式会社Lang-8は、2007年の創業から一貫して「ネイティブスピーカーの知識と経験の共有」をテーマに、1億人ユーザーを目指している。
語学学習をきっかけに、世界中の人が相手の国や文化を理解する。その先の世界について代表の喜さんに伺いました。


■翻訳サービスなら直訳して終わり。HiNativeはその言語を使う人たちの「考え」を理解できる。


――HiNativeは語学学習サービスですが、Lang-8社のサイト上には「ネイティブスピーカーの知識・経験のexchangeを促進」と書いてありますね。

サービスの根底にあるのは語学学習ではなく、まさにその部分です。
最初にリリースしたLang-8もHiNativeも、サービス形式は少し違いますが「ネイティブスピーカーに聞いて教えてもらう」の点で共通しています。

例えば日本語で〇〇〇はどういう発音で何というか?は、日本語を話す人が教えてあげる。知りたい人に知識を共有してあげることを連続させると、世の中が豊かになっていくと考えています。

――ただ言葉を教えてもらうだけでなく、母国語の違う人同士が思考や民族性の違いを理解する。

そうですね。時々ユーザー同士が、
「これは英語でなんて言えばいい?」と質問すると、
「直訳ならこうだけど、そもそも僕たちはその言葉を使う習慣は無いよ」と教えあっています。これが翻訳サービスなら直訳の言葉を教えるか、「該当する言葉が無い」と返答して終わりですよね。

HiNativeの場合、「僕らの国にはそれを表現する言葉がないけど、なぜそれを知りたいの?」とお互いのバックグラウンドや文化について相互理解がはじまります。
ですから言語を学ぶというより、その言葉を話す人たちの「考え」を理解し合うサービスだと思います。

――HiNativeのユーザーは200カ国以上の国や地域からアクセスがあり、対応言語数も120言語あります。この世界展開は最初から念頭にあったのでしょうか?

最初のビジョンからグローバルサービスを前提とした結果ですね。
Lang-8もHiNativeも意図的に日本国内では宣伝せず、海外でユーザーを増やすためにリソースを割いていました。世界中の人がお互い教え合うほうが楽しいし、最終的に一番サービスがスケールするやり方だという考えです。

いまユーザー数160万人ですが、来年末までに1000万人、最終的に1億人ユーザーを目指しています。別の語学サービスのduolingoは1億人以上利用者がいますし、非現実的な数字ではなく本気で達成できると思います。

HiNativeを使うと、語学以外の質問も多く回答側も理由を丁寧に説明する様子をよく見る。添削・翻訳サービスとは異なる「相互理解のプラットフォーム」という印象。

■サービスを使ううちに、お互いの国に関心を持ち、自分の国について再認識する。


――ユーザー同士が交流し合うCGM・CtoC的なサービスですが、特にこだわっている部分はありますか。

ユーザーが「簡単に質問できる」「素早く適切な回答が出来る」にフォーカスしています。
質問への回答が届くスピードだけでなく、「こんなこと聞いたら笑われるかも、自分で調べろと言われるかも」と思わせないようコミュニティーの雰囲気やUIを工夫しています。

逆に回答してもらう側への工夫として「回答は何語でしたらいいのか迷わせない」があります。
質問への回答をしてあげよう、となった瞬間に「この人は英語圏の人だから英語で回答したほうがいいのか、それとも日本語で伝わるのか?」と回答側が迷いやすいので、その瞬間を狙って「何語で回答してあげてね」と表示させています。こうした細かいけど効果的な仕掛けを沢山入れていますね。

――日本人は海外の人と話す際に内気になりコミュニケーションが下手だと言われることがあります。HiNativeの中ではどうでしょうか?

あまりそういう問題は感じていません。
サービス開始から「さあお互い話そう」というものではなく、「困っている人がいて、自分なら簡単に助けられる」からスタートするので、他の国際交流を促すサービスに比べても敷居の低い状態から交流が始まっているなと感じます。

――外国人に道を聞かれた時、英語が苦手でも必死で教えてあげたら感謝されてちょっといい気分になる、のような。

それと近いです。
アプリをダウンロードする動機の多くは「ネイティブスピーカーに教わりたい」ですが、敷居の低いところからやり取りが始まって、知っていることを相手に教えたら感謝されて嬉しくなる、という流れだと思います。

そしてサービスを使ううちに、徐々にお互いの国に関心が出てきます。
HiNatvieの中では、日本に関する質問や日本人がどう考えているのか?を知りたがるような「語学学習」以外を目的にしたような質問も多く、読んでいるだけで「海外の人は日本のここに興味あるのか」と興味深いですね。

――語学学習以外の楽しみ方もできる。

その辺りは気軽に使えるようにしています。
日本以外の、自分が好きな国の質問と回答を読むだけでも結構楽しいです。

質問についても、「正しい発音」が知りたい人のために音声をアップロードして聞いてもらったり、逆に自分の音声を聞かれたくない人のためにテキストで入れた文字を相手が音声ファイルで返せるようなテンプレートも追加しています。
ネイティブスピーカーの発音を聞ける機会はなかなか無いですからね。

急速にユーザーが増加するHiNativeではひたすらリテンション施策を強化した。 直近ではマネタイズ施策に注力しつつ、2018年末に1000万人ユーザーを視野に入れている。

■世界200カ国以上のユーザーが利用している、日本もあくまでその中の1つ。


――語学学習、海外の方と交流できるサービスですが、Lang-8は留学や学習系の企業と提携するといったBtoB展開をしていません。これは意図的なのでしょうか?

どこかと提携する必要がなかったからですね。
Lang-8の各サービスはあくまでコンシューマー向けのものですし、特定の企業ニーズに合わせてサービスを変えるのは本質的ではない、しかも小さいチームですからそれをやり始めたら社内リソースのバランスも崩れる。

もちろん、今まで何回かお声がけ頂くことはありました。
これまで資金繰りに苦労し模索した時期もあるので、日本のユーザーや取引先を増やしたら収益化しやすいことも理解しています。

ただ、やるべきことに集中することが本当に大事なことですよね。
僕の意地かもしれませんが、グローバルなサービスにしたいから日本を特別扱いしないというスタンスを貫いています。

――日本もHiNativeユーザーがいる多くの国のうちの1つに過ぎない。

最近「2020年に東京オリンピックで海外から多くの人が来日しますが、チャンスですか?」と聞かれるのですが、一度も気にしたこと無いです、たぶん会社のメンバー誰も気にしていないです。

グローバル展開しているサービスにおいて日本に多くの外国人が来るかは関係ない。その方が日本に来ても来なくても、僕らのサービスは既にその方を対象としていますので。
もしかしたらオリンピックの前あたりは日本に関する質問が増えるのかな?くらいの話ですね。

今年からはHiNative Trekという日本向けサービスをスタートしたり、プレスリリースを打ち始めて露出を増やしている段階です。採用活動をする上で会社やサービスを知ってもらう必要性も感じています。
いまはデザイナー、Androidエンジニア、プロダクトマネージャー、COO、CFOのポジションなど、積極的に採用強化している段階です。

Lang-8では優秀な人が快適に働けるよう、無駄な会議の廃止、リモートワークを導入。 顔の見えない状態でのチーム連携のために、相手を尊重したコミュニケーションを重視。

■言語や文化の違いを超えて交流すると、新しい知恵が生まれて世界が少し平和になる。


――目標である1億人ユーザーを超えて、世界で多くの人がお互いの国や文化背景を理解し合うようになったら、世界はこう変わるだろうな。と想像していることはありますか?

先日QuoraのCEOが「知識が共有されると世の中は良い方向に動く」と言っていました。
それと似たことを考えています。

言語の壁、文化的な背景の違い、距離的な遠さ、これらが原因となって知られることのなかった互いの知識や文化が共有された結果、そこから新しい知恵が生まれてくると思います。

お互いが少しずつ自分の国を再認識し、相手の国を理解する
これだけで世の中少し平和になると思っています。

――個人同士だと、ニュースで報じられているほどお互い争おうとしていないですしね。

はい、何年か前に上海で反日デモがあり日本でも多く報道されましたよね。
あの時、HiNativeのサービス内ではユーザー同士がとても冷静にしていたのを覚えています、「あんな連中はごく一部だから、誤解しないで欲しい」と投稿していました。

もちろん、サービスを利用している方たちなのでお互いの国に興味があり理解もあるのでしょうけど、自分たちの国を誤解してほしくない、と本音を伝えていることに変わりはないと思います。

実は、facebookやtwitterのような世界的コミュニケーションサービスでも、ユーザー同士が国境を越えて交流するサービスって意外と無くて、結局中国人同士、日本人同士、もしくは同じ言語圏ですよね。

そう考えるとHiNativeのような別の国・言語を話す人との交流が前提、しかも始める際の敷居が低いサービスってそれを飛び越えられるのかなと考えています。

サービスを通じて、世界中の人が新しい知識や価値観にアクセスする世界を提供していきたいです。


喜 洋洋(きようよう) 株式会社Lang-8 代表取締役
1984年中国生まれ、4歳より日本で育つ。
京都大学 工学部在学中に、1年間の上海留学によるlanguage exchangeを経験しサービスの着想を得る。京都大学大学院中退後、2007年6月に株式会社Lang-8を起業し代表取締役に就任

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)