2017.12.21 THU 福岡市天神発-宇宙行き。世界初の小型SAR衛星、2019年の打ち上げに向けて――QPS研究所 大西俊輔 市來敏光
text by : | 編集部 |
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photo : | 編集部,株式会社QPS研究所 |
2017年11月、宇宙ベンチャーQPS研究所がシリーズA投資ラウンドで 九州最大規模となる総額23.5億円を調達し、24時間天候を問わず高精度な地球観測可能な小型レーダー衛星を世界初で実現し、2019年に打ち上げると発表した。
astavisionでは、2015年5月に同社にインタビューし小型衛星の構想について聞いていました。
約2年半が経過し、世界初の技術を武器に2019年の衛星打ち上げを目指すQPS研究所の歩みと今後について、2年前取材に応じて頂いた同社代表大西さんと、前回取材時は産業革新機構で投資家だったCOO市來さんにお話を伺いました。
■「軽量で大型のアンテナが必要だ」世界初の技術が誕生した背景
――11月に、資金調達と共に小型SAR衛星を「世界初で」開発する目途をつけたと発表されていましたが、ここに至るまでの歩みを教えて頂けますか
市來:記者発表にも書いていますが、小型の衛星に搭載できる「大型で軽量なアンテナ」を実現したことが大きかったです。従来のSAR衛星は大きなアンテナが必要で、多量の電力を消費するので小型化は困難でした。
そこでQPS研究所では材料の弾性変形だけを利用し機械的可動部がない展開アンテナを開発しました。収納性が高く、軽量なのに大型のアンテナが実現できたことで従来の20分の1である100kg、コストは数百億円の大型衛星と比べ数億円規模と100分の1を実現しました。
ちょうど同じようなアンテナを作ってほしいというリクエストを受け、仮説段階だったものを開発し、製造・納入する機会を得た、というのも大きかったと思います。
大西:2014年~2015年初旬頃にSARについて調べていたら、大型・軽量でコンパクトに収納できるアンテナが実現すれば小型SAR衛星を実現出来るということを偶然知りました。世界で誰も実現できていないものなのですが、取締役の八坂に相談すると、長年衛星開発の経験・知見から「こうすれば出来るのでは」という回答が返ってきたんです。
本当に大きい転換点だったと思います。
アイデアレベルだったものを八坂先生が「作れると思う」と言った瞬間に、僕の中で「このアンテナは作れる、実現できるものだ」という認識に変わりました。
――今回2019年に打ち上げを計画されているSAR衛星は、アンテナの独自開発もそうですが100kg以下の質量で地上分解能 1mと具体的な機能を記載しています。この機能性はどのように決まったのでしょうか?
大西:重さ100kg以下は、コスト面ですね。
打ち上げの際に掛かるコスト、対応するロケットを想定し数多く打ち上げながら低コスト化を目指すなら、100kg以下かどうかが大事だね、と決まっていきました。
市來:地上分機能1mは、市場性を意識しています。
衛星から取得したデータに、どれくらいの細かさが必要か?色々な企業にヒアリングして得られた情報と、技術的な難易度、価格面など総合的に判断し分機能1mを実現することが市場に受け入れられるためのスペックだと判断しました。
■大西「大学時代から当然だった」市來「こんなに恵まれた環境の宇宙ベンチャー企業はいない」
――前回インタビューしてからの2年、QPS研究所だけでなく技術の進歩や外的環境も変化したと思いますが、今回の小型SAR衛星やアンテナの実現に影響はありましたか?
大西:どちらかと言えば「元々その土壌があった」という認識です。
以前からモノづくりの面で九州の地場企業の方々に協力を頂いていて、宇宙産業についてはQPS研究所が設計やビジョンを担い、実際のモノづくりは地場企業の方々という連携がありました。
僕は大学時代から企業の方々と一緒に取り組んできていたので、それが当然のような感覚でしたが、後からQPSに入ってきた市來は「モノづくりにおいてこの地場企業との連携が出来ているのは強みだ」と感じたそうです。
市來:大西の言う通り、10年以上前から九州中の地場企業と関係性を構築できていたことが、今回の小型SAR衛星に大きく活かされたのは間違いないと思います。
先ほどの大型アンテナもそうですが、アイディアがあったり、設計が出来ても「しっかりと形に作り上げて、実現する」ということはまた別のことです。この「作る」、「実現する」目途を立てる上で企業の方々が持つ知見なしには考えられなかったと思います。
――作って欲しい段階で初めてお会いするのとはわけが違いますよね。
市來:大西は学生時代からこの環境が当然だったといいますが、普通の宇宙ベンチャーとは全然違うと思います。通常は、作りたいとなった時点で協力してくれる企業を探し、ゼロからの関係構築が必要となるはずです。
QPSには、すぐ近くに10年以上お付き合いがあり、構想段階からプロジェクトに入って頂ける約20社の地場企業がいます。
自分たちの構想や仮説を話せば「こうしてみてはどうか」「こうやったらできるのでは?」とアドバイスが得られ、その場でモノづくりに向けて動き出します。
これは大きなポイントだと思いますよ。
――まだまだ2019年前半の衛星打ち上げに向けて必要な人や技術領域があれば教えてください。
大西:「衛星姿勢制御」と「電源系」と「通信」だと思います。
宇宙空間は無重力なので、その中での姿勢制御は大気圏内と全く違う特殊な分野です。
ここを専門的に取り組む方もいらっしゃるので、そうした知見が必要だと思います。
電源系は、太陽電池から発電し24時間衛星機器に電力供給するための設計。
通信は宇宙空間と地上との間のデータ送受信をいかにストレスなくするかの設計、とにかく特殊な分野が多い。
市來:もちろん、いま大西が話した分野は現時点でもご協力頂ける方々が地場企業の中やこれまでの人的なネットワークの中にいらっしゃいます。それゆえ、小型SAR衛星の実現に向けて足枷になっている訳ではありませんが、QPSの組織内でプロパーとしていてくれた方が、スピードも早められ、成功確率も高められると考えています。
■日本とアメリカ、2016年末の小型SAR衛星に対する反応の違い
――この2年で民間企業が宇宙に挑戦するという話題は増えたと思います。業界全体が活況になったと感じますか?
市來:たしかに宇宙が今はとても盛り上がっており、同じ業界に属する我々としてはとても嬉しく思っています。しかし、SAR衛星に絞ると、むしろ苦しかった時期のほうが長かったです。
昨年QPS研究所に参画して、半年で資金調達に向けて50社以上回っても「面白そうだけど、なんかよく分からない」と話がなかなか進まなくて。(笑)
正直、そんな反応が続いてぼくも大西も凹んだんです。(笑)
そこで去年の10月くらいに「ちょっとためしにシリコンバレー行くか」と、北米にSAR衛星市場があるか探るため2人で渡米しました。
――アメリカも宇宙開発ベンチャーは盛り上がっていそうですね。
市來:渡米してすごく驚きました。
シリコンバレーで一流のベンチャーキャピタル、ファンド、Googleなど衛星に関わるキーマンに片っ端から「僕らは小型SAR衛星が開発できる、会ってくれないか」と連絡したら、みんな「本当か!?」「会いたい!」と予想外の返信ばかりで。
実際に会うとまず一言目に「本当にできるのか?電力の問題をどのように解決したんだ?」と具体的な質問から始まり、独自のアンテナについて伝えるとみんな驚くし、投資家は実現性を鋭く質問してきますし、世界の競合の情報も教えてくれる。
色々と話したあと「君たちは技術と経営のバランスのとれた良いチームだな!」と言われて。
――日本とアメリカの差が激しいですね。
大西:僕らが渡米した頃、ちょうどアメリカで小型SAR衛星のベンチャーが現れ始めてシード投資も動いていた時期で、SAR衛星に関する認識・認知度が上がっていた。でも日本では前例無いし、SAR衛星も聞いたことがないという状況なので、大きな不確実性だけがネックとなっていたのかなと思います。
市來:アメリカの投資家も不確実性やリスクは嫌ですが、一方でリスクを理解しお金を出すタイプも存在がどこかにいます。
宇宙ビジネスという不確実で、例えばロケットの打上げなど100%成功するとは言えないことが大前提の分野からすると、こうしたリスクテイカーの存在が大きい、日本とアメリカというよりリスクテイカーがいるかどうかと、それによって前例があったかどうかでしょうね。
2016年でやっとアメリカなくらいですから、日本で小型SARと言っていたのは、時代の一歩先を進みすぎていたのかもしれません。(笑)
渡米したことで「大丈夫だ。俺たちも日本でSAR衛星をやり続ければ近いうちに理解される」と思えましたし、実際2017年に入って日本でも小型SAR衛星が注目されるようになり、有難いことにそこからは資金調達の話も比較的スムーズに固まったと思います。
■自動運転、物流、経済活動予測、災害・・・SAR衛星のデータ取得が起こす変化
――将来的に36機の衛星を打ち上げて地球のあらゆる場所を10分以内にデータ取得できれば、GPSやグーグルマップのように多くの産業へ影響があると思うのですが。
大西:はい、一例として今後の自動運転実現において貢献できると思います。自動運転の実現には、車側でセンシングした情報を照合するための精緻な3Dマップ情報が必要と言われています。
弊社の小型SAR衛星は複数機を使うことにより高さを含めた立体的な観測もできるようになりますし、高頻度にも把握できるので、この分野で寄与できるのではと考えております。
市來:現状、日本全国の地図情報を得るにはグーグルのストリートビュ―の車のようなもので日本全国の道という道を運転して精緻な3Dマップを作る必要があるそうです。そのコストは調べていると一回で1千億円程度かかるとのことで、更新も頻繁にできるものではありません。
都市や道路の状況は刻々と変化しますので、これでは自動運転で使用できる精緻な3Dマップとは程遠い。SAR衛星を使えば、例えば都市部は従来通りgoogleの車載カメラなどで地図情報を取得し、都市部以外は衛星から撮影した画像を元に3Dマップを作るという手法で情報更新頻度とコスト面に貢献できるのではと思っています。
――記者発表ではかなり幅広い産業を記載されていましたが、他には?
市來:物流や経済予測での可能性が大きいと思います。
例えば、とある鉱山からトラックが集積場に向かい、その後港へ、次は船、そして港に到着、一連のバリューチェーンの流れを地点ごとに定点観測をするとバリューチェーン全体の流れや状況を把握できます。
鉱山の採掘状況、物資の輸出、穀物生産や輸送状況。このデータを元に数か月後の物資価格を予測するといった使い方も出来るでしょうし、全体的な需給の効率化も図れると思います。
他にも、何か事故や災害が起きた時に現場の状況を把握し救難活動に役立てるとか、人や車の動きを把握することで、その地域の経済活動を予測するとか
地域の経済活動は、そのまま地価や不動産の価格にも影響があるので、将来的に幅広い使い方が出きると考えています。
■衛星技術・宇宙関連技術をビジネスとして成立させる。
――前回の取材時には市來さんがまだ入社前でしたけど、市來さんがQPS研究所に加わった事での変化はありましたか?
大西:「会社としてどうあるべきなのか」という思想面や「技術をビジネスに落とし込む」、「細かいキャッシュフローの管理」といった事業面に影響があったと思います。
僕を含め、元々いるメンバーはほぼ全員が技術系の人間なのでどういう技術ができるか?はあっても、それをどのようにすれば人々が喜び、お金を出してくれるのか、また会社としてどのようにそれを実現すべきなのかと言う点で全くアイディアがなく、弱かった。また、資金繰りの面でも十分に理解ができておらず、普段の支出の考え方にも甘えがあったことは否定できません。
市來が入ることで、小型SAR衛星のビジョンやパートナーの開拓、資金繰りの管理や資金調達等、元々技術者集団だったQPS研究所が、次のステップに上がるために必要な面を補ってくれたと思っています。
そして、これまで衛星の研究開発をどうするかしか考えてきませんでしたが、衛星を実現するとビジネスや社会に何が起きるのか、という点を考えるようになった点において社内メンバーの意識が変わったと思います。
――最後に、2019年の小型SAR衛星打ち上げに向けて会社の代表者である大西さん自身がいま一番意識していることを教えてください。
大西:衛星技術をビジネスとして成立させること。
「いかにみんなに使って頂くものを実現するか」ですね。
僕自身も、QPS研究所も、ずっと技術にフォーカスしてやってきました。
しかし、いかにこの小型SAR衛星や宇宙関連技術をビジネスとして成立させるか?を実現しなければ今後の日本の宇宙産業も世界の宇宙産業も発展はないと思っています。ここをずっと考えていかなきゃいけない。
今までは「この新しい技術を使って何ができるか?」でした。
これからは、あくまでビジネスとして成立させる。それを中心に考えられるよう、自分自身がシフトしなければいけないと考えています。
大西俊輔 株式会社QPS研究所 代表取締役社長
佐賀県生まれ。博士(工学)。2013年九州大学大学院航空宇宙工学専攻博士課程修了。
学生時代から現在までに十件超の小型人工衛星開発プロジェクトに従事、2014年にはQSAT-EOSのプロジェクトリーダーとして、九州地区の大学・企業による小型衛星プロジェクトを成功に導く。
九州から世界の宇宙産業にインパクトを与えるべく、2013年10月有限会社QPS研究所に主任研究員として入社。2014年4月同社代表取締役社長に就任。
市來敏光 株式会社QPS研究所 最高執行責任者
福岡県生まれ。上智大学法学部国際関係法学課卒。ソニー株式会社にて商品企画、事業戦略策定、新規市場立ち上げを担当、その後ハーバード大学経営大学院に留学、留学中米国ベンチャーの立ち上げを経験。帰国後、太陽光パネル製造会社の事業再生などを経て株式会社産業革新機構でベンチャー投資を担当。2016年3月株式会社QPS研究所に入社し同年7月に取締役就任。
インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)
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