Interview

医学的エビデンスに基づき、スマートフォンアプリで不眠症治療を実現 ―サスメド株式会社 上野太郎

text by : 編集部
photo   : 編集部,サスメド株式会社

「よりよい睡眠のために寝る前のスマホ利用は控えよう」という記事をよく見かける。
しかしサスメド社が「不眠症治療」に活用するのは、まさにこのスマホアプリ「yawn」。
2017年流行語大賞ノミネートの中に「睡眠負債」という言葉が選ばれ、世界の中でも寝不足の国と言われる日本。医師としての経験を元にこの事業に取り組む上野さんに、医学的なエビデンスに基づいた不眠症治療の新しい可能性、サスメド社が目指す「持続可能な医療」の実現について伺いました。


■不眠症を治療するアプリ「yawn」は、効果的な認知行動療法を提供する


―サスメド社が開発中の「yawn」は不眠症治療をスマホアプリで提供するものですが、どういった仕組みなのでしょうか?

大きな特徴として、認知行動療法をベースにしている点が挙げられます。
不眠症の認知行動療法は保険適用外で高額な治療法のため、現状では不眠症治療に睡眠薬以外の選択肢がない状態です。

しかし、睡眠薬は、長期服用によって効果も半減するし、副作用もあります。
実際、医者として臨床現場に携わる中で、睡眠薬を過剰に処方されている方や睡眠薬以外の形で治療をうけたいという方をたくさん見てきました。米国では、既に認知行動療法が睡眠障害の第一選択として推奨されています。

時間はかかるかもしれないけど、睡眠薬以外の治療法を社会に浸透させることはとても意義のあることだと考え起業しました。

 

―不眠症の認知行動療法をスマートフォンアプリで提供する。

はい、不眠症の認知行動療法においては「医師と患者の信頼関係次第で治療効果が変わってしまうケース」が少なく、アルゴリズム化しやすいためアプリでの提供と相性がいいのです。

患者さんが昼間に医療機関へ来院し、対面でカウンセリングするという認知行動療法の仕組みをスマホ経由で受けられるので、患者さんの金銭的・時間的な負担もかなり減ります。

認知行動療法の一部でもある「自宅での記録」についてもスマホ入力にすることで手間が省け、日常生活でのデータもアプリのログから取得できるため、患者さんの状況を見極め治療効果が薄いと判断した時点で治療に介入するということも可能だと思います。

 

―認知行動療法をアプリで提供するだけでなく、保険適用に向けて動いていくと聞きました。

サスメドがこのアプリを保険適用させることに拘るのは「10年後にもしっかり価値が残るもの」を作りたいという思いです。
医療分野において、それは科学的なエビデンスによって効果が実証されているサービスであるということ。

そして現状「不眠症」と一括りにされている症状を、「寝つきの悪さ」「眠りの浅さ」など細かく分類し適切な診療を提供できる基盤になると考えました。現在は2020年を目標に、治療法としての許認可を受けるべく臨床実験に取り組んでいます。

susmed_1
開発中の不眠症治療アプリ「yawn」、認知行動療法を元にしており、睡眠薬のような副作用がない。
かつ通常の認知行動療法よりも安価で、質の高いフィードバックを受ける事ができる。

 


■継続的な治療の実現と、医学的エビデンスに基づく治療効果の証明


―まさに現在臨床試験の段階にあると思いますが、最終的に患者に処方し治療効果を出すためにこだわっている点、工夫している点を教えてください

最も重要なのは「サスメドのyawnは不眠症治療の効果があること」の証明です。
許認可をうけるということは、医学的なエビデンスに基づいているということです、そのための臨床試験設計に工夫を凝らしています。

もし、yawnを使った患者さんの睡眠状態が改善したとしても、この時点ではまだ「それは本当にyawnアプリによる治療効果なのか」が証明されていません。
いわゆるプラシーボ効果、患者が「自分は不眠症改善のアプリを使い始めた」の意識だけで寝つきがよくなった可能性もある。

そこで、yawnアプリに実装した治療アルゴリズムの効果を証明するために「プラシーボアプリ」も開発しています。これは、見た目も操作方法もyawnと全く一緒で、実は治療アルゴリズムは実装していません。

yawnとこのプラシーボアプリを医者から患者さんへランダムに処方します。
2つのアプリの差は「治療アルゴリズム」だけ、この状況でyawnを処方された患者さんだけに有意な不眠症改善のデータが認められれば、治療アルゴリズムの効果を証明することになります。

これらのプラシーボ効果を考慮した臨床試験デザインと、それを実際に運用するための仕組みも構築しており、今後臨床開発に取り組む方々にも、そのプラットフォームを提供できればと考えています。

 

―アルゴリズム以外の、例えばアプリの操作性なども工夫をされているのでしょうか。

はい、ユーザーインターフェースやUX設計は、継続的な治療のためにも非常に重要です。
効果のある治療アルゴリズムを実装しても、患者さんがアプリを継続利用しなければ意味がありません。

糖尿病や高血圧など生活習慣病の治療には、継続的な服薬が必要なので薬剤師の方が対面で服薬指導をしており、サスメドのアプリも同様に「継続してもらう工夫」をアプリに実装しています。

アプリを継続的に使ってもらうからこそ、従来の通院では得難い「医師と会わない期間の患者さんのデータ」を取得できる。アメリカでもデジタルフェノタイピングと呼ばれる「スマホの利用状況からその人の特性を分析し、個人に適した治療を行う」アプローチが話題です。サスメドとしても、来院せずにアプリ経由だからこそ効果的な個別化医療の可能性が拡がると考えています。

サスメドの社名にも「持続的な医療」の想いが込められている
サスメドの社名にも「持続的な医療」の想いが込められている

 


■サスメドは不眠症治療専門ではなく、データ分析によるデジタル医療企業


-アプリ経由にすることで、データの分析や予測のメリットがあると思いますが、そのデータを医療業界全体で活用することも考えていますか?

はい、サスメドの強みはそこにあります。
実は、社内にもう1人在籍する医師は、以前、健診のビッグデータ分析に従事していたデータサイエンティストです。医学の深い知識と、データ分析の高いスキルがある。これを不眠症治療アプリのサービス向上につなげながら、医療全体に活用する取り組みも始めています。

いま、健康保険組合からご提供頂いたデータを分析し組合の業務効率化を支援すると取り組みを行なっています。健康保険組合にとって重要なのは、組合員の方に定期的な健診を受けて頂くこと。
そのために、来年も健診に来てくれる方をデータ分析から予測し、瞬時に約80%以上の精度で当てることができています。

この分析を、健診を受けに来てもらうための呼びかけ業務効率化に活用します。
定期健診は、呼びかけなくても受ける方もいますし、逆にどう呼び掛けても受けに来ない方がいる。どちらでもない「効果的に呼びかければ、健診を受けに来る方」への働きかけが、受診率アップに繋がります。その方を特定することで効率的な受診率アップが見込めるのです。

 

―かなり不眠症治療とは違った取り組みですね。

はい、健康保険組合というのはほとんどの団体が財政面で苦しく赤字です。
その背景には高齢者の増加にもありますが、同時に「ドクターショッピング」の問題もあります。

ドクターショッピングとは、複数の医療機関に行き薬をたくさん処方されるような行動です。
この行動をしそうな方を予測・特定できれば、早い段階で介入し治療費下げることもでき、患者さん自身も多くの薬を服用することで生じる健康被害を防げます。

サスメドは不眠症治療の会社ではなく、データ分析の強みをもつデジタル医療の会社です。
最初の事業として不眠症治療アプリに取り組んでいますが、やはり医療業界で貢献できるところはどんどん協力していきたいですね。

susmed_3
サスメド社提供のデータ分析画像。データの分析により傾向だけでなく「今後どうなるか」の予測も可能。
これにより症状を先回りした事前の治療介入も可能となる。

 


■日本において、睡眠不足は健康面だけでなく「日本経済の課題」


―実は以前筑波大学IIISの柳沢先生にインタビューした際、世界的に見ても日本の睡眠事情は悪いという話がありました。上野さんも同じ問題意識がありますか?

はい、恐らくそのお話はOECDが発表したデータですね。
国別の睡眠時間は韓国が一番短く、2番目に短いのが日本。そして都市別でみると東京が世界で一番睡眠時間が短い。

今年の流行語大賞に「睡眠負債」がノミネートされましたが、これまでは“働き方改革”と言いながらもあまり「生産性向上のために、睡眠時間を確保する」という視点が無かったと思います。

“健康経営”という形で禁煙やメタボ対策に取り組む企業は増えてきていますが、睡眠不足が話題にのぼることはなく、むしろ過去には「寝る間を惜しんで働くことが美徳だった時代」すらあった。

もちろん、メタボの改善も将来的な心筋梗塞リスクを下げるなど大事なことです。しかし会社の従業員一人一人のパフォーマンス向上を考えるならば、睡眠不足の解消は即時的に効果があります。

 

―たしかに寝てない日に仕事のパフォーマンスが下がるのは、実感あります。

アメリカのランド研究所が発表した世界各国の「睡眠障害による経済損失」というデータで、日本は対GDP比で損失額がワースト1位という結果になりました。日本において睡眠を改善することは健康の問題だけでなく、経済問題に取り組むのに等しい。

企業において、寝る間を惜しんで働かせるよりも、従業員の睡眠不足対策に取り組むほうが結果的に業績もよくなるのではと。

もっと問題なのは「自分が睡眠不足で日中のパフォーマンスが下がっていると気付いてない」状態です。とある統計では、日本の人口のうち約20%が不眠症の傾向にあると言われています。

しかし睡眠薬を処方されている人は人口の約5%。この時点で開きがある。
まず、「昼間、仕事中に眠くなる。頭がぼーっとする」という人は、「自分はいつもこんな感じだから」と考えずに自分が不眠症かどうかを疑って欲しいなと思います。

susmed_4
ランド研究所が発表した世界各国の「睡眠障害による経済損失」のデータ
日本は対GDP比で主要国最悪の2.92%・1380億米ドルもの損失があると算出されている。

 


■ブロックチェーン技術を用いて、医療業界全体の臨床開発プロセスを改善する


―今年の春に資金調達を実施し、今後一層強化しようと考えていることを教えてください。

メイン事業である不眠症治療アプリの開発を進めつつ、社名の由来でもある「持続可能な医療」を実現するために動こうと考えています。

その中の一つが、昨年から取り組み論文も発表している「ブロックチェーン技術の医療活用」です。「臨床開発の効率化」と「臨床データ改ざん防止」に繋がると考えています。

自分たちが臨床開発を進め、改めて実感するのは臨床開発や治験に掛かるコストです。
開発段階でコストがかさみ、結果的に開発された特効薬の値段などに影響を与え「高くて手が出せない」という状況に繋がってしまう。

また、医療業界では臨床データ改ざんの問題も存在します。
今後、厚生労働省が臨床データの扱いを厳格化しようと動いており、来年から施行される臨床研究法案によって従来よりも更に多くのコストを必要とする、これは将来的に医療業界全体が前進しづらくなる原因になり得ます。

こうした臨床研究手続きの効率化、データ信頼性の担保をサスメドが開発するブロックチェーン技術で行えれば、サスメドとしても患者さんの入力データを改ざんできないようにサービスに組み込むことでそのまま当局に提出できるようになり、効率と信頼性を両立した開発が進められます。

私たちはこれまで開発を進めてきたデジタル医療であるyawnと、このブロックチェーンの医療用システムを組み合わせ、世界に先駆けて行なった実証試験の結果を国際医学雑誌にも論文として報告しました(Ichikawa et al., 2017, JMIR mHealth uHealth

この仕組みや、データ分析システム、臨床試験デザインの運用システムなどは、サスメド以外にも今後臨床開発を必要とするあらゆる企業・団体に提供することを考えており、医療業界全体の開発効率化にも貢献できると考えています。

 


上野太郎 サスメド株式会社 代表取締役・医師
睡眠医療に従事するとともに、日本学術振興会 特別研究員、東京都医学総合研究所 主席研究員として睡眠の基礎研究を実施。2015年 サスメド株式会社設立
専門分野は睡眠学、分子生物学、遺伝学

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)