Interview

nana-music CTO 辻川さん「ユーザーへ最高の体験を提供しながら、音声データ解析やマッチングなど次の可能性を模索したい」

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社nana music

近年iPhoneに搭載されたSiriや、アマゾンのAlexaなど、次世代サービスにおける「音声データ」の可能性に注目が集まっている。そんな中ゲームやネットサービスの大手DMMが買収し、名古屋工業大学がその「保有する膨大な音声データ」に注目し共同研究を開始した国内のベンチャー企業がある。
「世界中の人と音楽で繋がる」をビジョンに掲げた音楽SNSのスマホサービス「nana」を運営するnana-music、創業当時から文原CEOと共にユーザーに寄り添ってきた辻川CTOに話を聞きました。

 


■音声データの難しさ、テスト版で感じた「これは面白い体験かも」の気づき


―辻川さんは創業当時からnanaに関わっていますが、参画したきっかけは?

CEOの文原がまだアイデア段階のnanaの事をSNSで発信していて、面白そうなんで会って話を聞きました。
その時点で現在も掲げている「世界中の人と音楽で繋がる」「We Are the Worldを世界中の人と歌いたい」という話が出て、スタートアップも興味があったので手伝ってあげるよ。くらいの感じでスタートしました。

最初はビジネスがどうこう、はあまり考えていなくて、週末に文原が神戸から上京してモックのデザインイメージを議論したり、僕はプログラムを書いて「本当に実装可能なのか?」を色々と試していました。

 

―実現できそうなのでスタートした

いや、結構大変でした。nanaは伴奏やボーカルの各トラックを非同期で重ねていきます。なので当然ズレてはだめです。それぞれのパートで録音したものが、ちゃんと音ズレせずに再生できるのか?が大変で、最初の頃のプログラムでは毎回ズレてました。

 

―それは当時のスマートフォンの性能の問題?

性能では無いですね、iPhone版から作り始めたのですが、iOSの中に「音声トラックを重ねる仕組み」自体が入っていたので、それを利用する実装が必要だったんです。

 

―音声データの扱えるエンジニアが必要

はい、それでどうしようこれは難しいぞ、となっていたところにCEOの文原がSNSで音声エンジニアと知り合いまして、試しに作ってもらったところ「これはイケそうだ」となりました。
音声の部分が実現できるとなって、あとはサーバーやクライアント、デザインがあれば、と週末に集まって本格的な開発がスタートします。

 

―サービスとしてこれは面白い、流行るぞって感覚はありました?

そうですね、実際にテストで伴奏したものに合わせて歌って録音し、重ねたものを聞くとこれは面白い体験だと思いました。

当時アメリカでturntable.fmというずっとCDで市販されている音楽を流しっぱなしにするサービスがあって、技術的にもクラウド環境が拡がってきていて、これから音楽サービス自体が来そうだと感じていました。

自分たちでも実現できる、音楽サービス自体も盛り上がるぞ、とここで勤めていた会社を辞めてnanaに集中しよう、ということになりました。

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※サービス初期の画像。現在とインターフェースも異なり、インタビュー中にもある通りシステム面でも様々な問題を抱えていた。(画像提供:nana music)

 


■ユーザーの熱意に打たれ「この人たちのために絶対サービスを閉鎖しない」踏ん張る日々


―実は、取材に際して過去の紹介記事などを見たのですが、リリースからしばらくは相当苦しい時期が続いたようですね。

そうですね、本当に資金的に来月サービスを閉鎖してもおかしくない。開発面でも今と比べればクオリティが低くて不具合、バグだらけでした。

振り返れば、本当によくやったなと思います。出資を募ってもなかなか資金が集まらず、個人的に援助して頂いたりしてなんとかサービスだけは止めずに続きました。

 

―単刀直入に聞きますけど、「これ厳しいな」という状況でコアメンバーがチームを離れてしまうという会社の話もたまに聞きます。辻川さんは当時家庭もあって他の仕事もしていて、それでもnanaから離れなかったのは

うーーん、ユーザーさんでしょうね。nanaを使ってくれているユーザー。

リリースした当初にユーザーさんがオフィスに遊びに来てくれたり、色んな話をして凄く応援してくれるんです。
毎日何時間も何曲も歌って、nanaに音声をアップしてくれる。これは止めたらだめだと。

 

―ユーザーのために粘るぞと

本当にサービスを愛してくれているというか、さっきもいった通りバグだらけなんで、何時間もサービスが利用できなくなる障害を何回も起こしていたんです。

普通、愛想つかしてサービスから離れていってもおかしくないじゃないですか。なのにみんな待っててくれるんですよ。Twitterとかでユーザー同士が「なんかいまnana調子悪いみたいだね、ちょっと待とうかー」なんて話してる。そういうのに支えられてました。

僕は過去にもモバイルサービスの開発に関わってましたが、こんなの初めて見ました、
ユーザーの熱量とか愛着。毎日歌ったり演奏したりって大変だと思いませんか?「聴く」だけのサービスならBGM代わりにできますけど、nanaのユーザーは3時間も4時間も毎日歌って演奏して。これは凄いことだ、止めちゃダメだと思っていました。

 

―エンジニアとして、ユーザーから学んだことはありますか?

はい、僕はエンジニアなので心のどこかで「技術がイケてるかどうか」が一番大事で重要だと思っていました。
でもCGMサービスにおいては必ずしもそうじゃない、当時は今と比べてレベルの低い技術でサービスを提供してましたが、ユーザーが投稿するコンテンツ自体はいいものが沢山あったんです。

良いコンテンツを作るユーザーさんが一番大事、技術はそれをサポートするものだと。技術的に最先端かどうかよりもユーザーが安心して使えるものが大事だと気づかされました。

CGMサービスはユーザー同士が交流するので、問題も起きます。他のユーザーに変なことをしようとしたり。そういう時にもユーザーさんが自発的にパトロールして、僕らに報告してくれる。僕らはそういった問題に立ち入り過ぎず、技術面で「これはまずいからシステムでこうやって防ごう」とサポートする。そういう関係性です。

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※2015年に品川プリンスステラボールで開催された「nanaフェス」の様子。サービス開始当初からユーザーに支えられたnanaを象徴するユーザー参加型イベント。今年も8月26日ににディファ有明での開催が決定している。(画像提供:nana music)

 


■海外に拡がり、DMMの傘下で更に飛躍させる


―苦しかった時期を超えて、海外にもサービスが展開しますが国内外でユーザーの違いは?

海外のユーザーが約3割いるのですが、日本人はカラオケ文化というか、伴奏があってそれに合わせて歌う。歌いたい曲があったらまず伴奏が無いか探すのですが、海外の人は楽器も伴奏も無しにいきなりアカペラで歌う傾向があります。歌いたいものをその時のノリで歌う。

アジアの、特にタイやベトナム、インドのユーザーが多いのですがアカペラで歌ってますね。海外での楽器ユーザーが少ない、伴奏の投稿が少ないというのが一つの原因ですが、彼らは伴奏なしでも平気で歌います。
欧米のほうになると、自分でギターを弾いたり演奏しながら歌うという傾向がある気がします。

 

―ユーザー数も400万人を超えて、今年の1月にはDMMの傘下に入りました。最初に買収の話を聞いた時は?

DMMグループにジョインすることで今まで抱えていたいろいろな制約からも解放されますし、文原が創業時に掲げたビジョンの実現に向かって、nanaをもっと発展させられる大きな一歩だと感じました。

一方で、nanaのユーザーは中高生の若い方が凄く多いので、買収発表がされることで「サービスがなくなる」とか「運営会社が変わってサービスの方向性が変わる」とか、ユーザーさんに間違った誤解や心配を与えないように、見せ方は工夫しないといけないなと思いましたね。

 

―DMM代表の片桐さんは、pixivの創業者ですが

そこは凄く大きいです。あのpixivというサービスが提供しているもの、サービスを通じて作られた文化、「絵を描く」という方向性も含めて、本当に尊敬するサービスでしたから、近しい関係になることでよりnanaというサービスも成長できるのではないかと思いました。

 

―nanaっていま何名くらい社員がいるんですか

社員全体で約30名で、そのうち半数が開発メンバーですね。
元々nanaというサービスを知っていた人、もしくはユーザーとして物凄く使ってくれていた人、が多いですね。
自分なりに「nanaはもっとこうしたらいいはず、僕が入ってやるぞ!」という意見を持った方だったり。これまで開発メンバーが主体となってプロダクトの機能を設計し実装をしていました。

nanaはまだまだこれからの発展途上のサービスです。どうしても色んな意見が出ます。意見が出ないよりもいいのですが、出過ぎる場合は整理しなければいけない。
最近はプロダクトオーナーに中心に立ってもらい、長期的な目線から優先順位とか、やることとやらないことの選択とかを決めています。ちょうどシフトチェンジ期にあると思います。

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※本インタビューの取材時点では300万超だったユーザー数はその後も着実に伸びており、2017年6月に400万ユーザーを突破した。約1年でユーザー数が約2倍になったこととなる。(画像提供:nana music)

 


■音声データの可能性を探りながら、最高のユーザー体験をさらに追求したい


―将来的な話ですが、音楽の解析やインタレストマッチなど採用のページには「次のnana」の姿を感じさせる言葉もあります。

本格的に動くのはまだまだこれからですが、nanaというサービスを通して僕らは膨大な音声データを持っています。
昨年10月に名古屋工業大学との共同研究開始を発表しました。お話をしてみると、音声データにはいろいろな可能性があると考えていらして、僕らも音声データの可能性を探りたいと考えご一緒することになりました。

 

―音声データの可能性とは?

まだ探っている段階ですが、機械学習を使って音声データで何ができるかという取り組みですね、近年はAlexa(アレクサ)のような音声解析のサービスも盛り上がりつつあるので、そういった流れの中でnanaが保有する音声データにどのような活用方法があるのか?は興味深いです。

 

―nanaのサービスに活かすとすれば

例えば違法音源対策です。YouTubeの場合は「コンテンツID」という違法音源を発見する仕組みがあります、僕らも何かしら違法音源への対策はやっていかなければなりません。
他にも、例えば音声データから似たような楽曲、似たようなユーザーをつなげたりできないか?などですね。

 

―「面白そうだから手伝うか」から始まって約5年。これからの辻川さんのビジョンは?

最初に文原から聞いた「世界中と音楽でコラボする」これを実現するためには、いまはどうしても演奏を重ねてくと段々音質が悪くなる点が問題です。4人目、5人目のコラボの時点ではっきりと音の劣化がわかるようではとても「1万人が一緒に歌う」の実現はできない、とにかくここにも取り組んでいきます。

無料サービスだから、スマホだからと言い訳したくない。
最高のレベルはこれからも求めていきたいです。まるでプロの機材を使ったような音質で、日本人がピアノを弾いて、それを聴いたフランス人がバイオリンを重ねて、さらにブラジルのユーザーがパーカッションを叩いて・・・みんなが繋がっていく。

 

―最後に。一番近くでずっとCEO文原さんを見てきたと思います。辻川さんからみて文原さんの凄さは?

なんでしょうね、一言で言うと文原は「持ってる」んです。
単純な強運とかではなく、引き寄せる「何かを持っている。」

さっき話したように「音声のデータ処理が出来なければ実現できない」となると偶然そういう人と出会う、運営が苦しくていつ資金が底をついてもおかしくない状況で、協力者が現れる。
なにか局面ごとに「助けるよ、手伝うよ」という人を近くに引きつける

文原は、頭がよくて論理的できっちりした計画を実行して結果を出すタイプではないと思います。そういうタイプの人間なら「ビジネス的に難しい」と、とっくにサービスを閉鎖していたはず。
そうじゃなくて、絶対に止めないという熱意と、何故か人を引きつける不思議な力を持っていて、そして周りがそれに「乗っかってみるか」という気にさせる。

 

―それに最初に乗っかったのが辻川さん

そうですね、僕はCTOという肩書ですが、いま社内にいるエンジニアのほうが開発者としてのスキルは上なんです。
CTOにもいろいろなタイプがあると思いますが、僕は技術力で牽引するタイプじゃありません。
サービスを安定的に保ったり、技術的に磨く部分はうちのエンジニアの方が優れています。

そうではなくて、一番最初の0から1を作ってみる。新しい何かに技術的に挑戦すること。nanaというサービスも多くのユーザーに愛されるようになりましたが、またいつかそういう挑戦をするタイミングが来ると思います。
そのタイミングで、CEOの文原が何かやると決めたことに「最初に乗っかる突撃隊長」が僕の役割なのかなと思っています。

 


辻川 隆志 株式会社nana music 取締役/CTO
1963年3月生まれ、国立佐世保工業高等専門学校電気科卒業。システムエンジニアとして、株式会社メテオーラシステム、有限会社タイムズ代表取締役、株式会社ハイジ(現アクセルマーク株式会社)、株式会社ソリトンシステムズを経て、株式会社nana musicに創業メンバーとして参加

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)

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