Interview

100年間変化のない500兆円規模の化学産業にマイクロ波技術で挑む ー マイクロ波化学株式会社 CEO 吉野 巌

text by : 編集部
photo   : 編集部.マイクロ波化学株式会社

煙をもうもうと出しながら莫大なエネルギーを費やす化学工場。化学産業は19世紀後半から大きな変化が無く未だに熱と圧力によって化学品を製造している。

「巨大な電子レンジを作って、そこで材料を製造する」この技術を実現し、既に自動車やナノ材料、燃料など各業界に導入され世界的な化学メーカーBASFに認められた企業がある。500兆円ともいわれる化学産業を大きな変化に導こうとするベンチャー企業「マイクロ波化学」吉野CEOに話を伺いました。


■0→1で躓いた創業当時。後に技術の可能性を見出すVCと出会う


―「創業ストーリー」を読まさせて頂いたのですが、この10年を振り返って一番大変だったことは何ですか

最初ですね。
マイクロ波を制御してバケツ程度の大きさの反応器に入れていく、という事をしていたのですが、うまくマイクロ波が入っていかず大変でした。

まずはバケツ程度の大きさに入れて、その後に深く入っていくかどうかの浸透度や徐々に反応器のサイズを大きくしていこう、と思っていたら「入らない」んです。それじゃスタートできない、本当に大変でした。

 

―エネルギー伝達技術なのに、伝達されない。

はい、まさに0→1のところです。NEDOからの資金も獲得したのに、これでは開発が全く進まない。マイクロ波の技術的なチャレンジが常に必要な事業ではありますが、当時は本当に焦りました。

 

―しかも、今と比べて創業当時は技術ベンチャーへの支援環境も今ほど無い中で、辛い状況ですよね。

いや、「大変」ではあるんですけど、辛さはなかったですね。
大変だけど、ストレスは別にこの10年無かったというか。

 

―2011年にUTEC(東大エッジキャピタル)から出資を受け、工場設立が重要なターニングポイントだったと思うのですが

そうですね、色々な金融機関やベンチャーキャピタルと話をしましたが、とにかく技術を見てくれた、という点が印象的でした。マイクロ波技術の可能性とポテンシャル、そこから繋がる事業の可能性を見てくれた。

 

―他の投資会社とは何が違いましたか?

一言でいえば「やっと技術について同じ目線で議論できる人たちと会えた!」です。
当然みなさん「技術の可能性について評価・検討します」とはいいますけど、本当に理解した上で議論してくれているな、と感じた企業が半数以下だったので、印象に残っています。

 

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化学品製造時における省エネルギー、必要な用地面積のコンパクトさ、加熱時間の短縮、そして技術障壁によりこれまで製造困難だった”新素材”の開発も可能になることがマイクロ波化学の強み

 

 


■技術系ベンチャーは新技術によるイノベーションと、安定稼働・安全第一を両立させなければいけない宿命


―他にいま振り返ってターニングポイントがあったとすればどこでしょうか

UTECからの資金調達、から繋がりますが大阪の住之江工場の立ち上げです。
結局、世界中のベンチャー企業は初期段階で「実績がない」という課題に直面しますから。
特に、化学業界は保守的なところがあるので、メーカーさんに導入してもらうには実績が必要でした。

 

―工場立ち上げる、ってベンチャー企業としてもかなり大変な決断ですよね

投資家にも、当時の従業員にもほぼ全員に反対されてました。当然ですよね。
化学工場は、何かが起きれば人が死ぬかもしれない設備です。

でも、一方で実績が無ければラチが空かないんです。
パイロットプラントをまず神戸に立ち上げてドラム缶で出荷し始めて、2014年に住之江工場が立ち上がりました。もしかすると一番大きなポイントだったと思います。

 

―ガラッと変わりましたか。

変わりました。ベンチャー企業って直線的に成長をするというより、振り返るとどこかで一気に伸びる「非連続な時期」があると思うのですが、工場開設後はメーカーさんや化学業界からの打診が物凄く伸びました。

社内も変わりましたね、それまではマイクロ波の技術を使った研究者集団だったのが、工場も持つ製造販売する会社になったわけです。となると、工場を作って日々運用するためにエンジニア、製造担当、品質管理担当、とそれまでにない文化が作られていきました。

 

―社内が変わる時って、結構ストレスフルな環境になりますよね

本当にそう思います。マイクロ波の新しい技術でイノベーションを!と前例の無いことに突き進むのと、工場でモノを作るために必要な「安全」「安心」「安定」が第一というものは、そもそも相反する。

ただ僕らだけでなく技術系ベンチャーにはいつかこの両方を持たなければいけないんです。

 

―両輪で相反するものを回していくような?

そうです。そもそも技術が保守的な業界で新しいものを導入してもらうなら、両輪で回すことが必須です。
工場の稼働によって、それが実現する体制や企業文化が、結果的に得られた気がします。

 

―それは当時狙っていたわけではない

当時は「工場作れなかったら次はないぞ!と思っていただけです」(笑)
社員1人1人は、かなりストレスを感じる状況だったと思います。

ただ共通項として、「新しい技術を世の中に出してイノベーションを起こす!」は全員思ってくれていましたから、根底の共通理念で繋がっていたのが良かったと思います。

 

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「大きなターニングポイントだった」と語る大阪・住之江に建設した工場

 

 


■世界的な化学メーカーとの提携で見えた、世界における自分たちの立ち位置


―3年前から世界的な化学メーカーのBASFと共同研究を進めていますが、きっかけはどういったものだったのですか?

元々、BASFには世界中の技術を探索する50名くらいの専門チームがいるらしく、そこがマイクロ波化学を知って、ドイツから研究者が訪問してくれたんです。

彼らは凄く面白がっていましたね、世界中の技術も見てますので、質問する時も「ここの技術はお前の所ではどういう仕組みでやってるんだ?」と欧州の技術力ある企業と相対化して質問しているなと感じました。

 

―そういう質問のやりとりだけでも、色々学べそうですね

そうですね、彼らは凄く時間とお金をかけてリサーチしているから、質問する際も深いところを聞いてくる。やりとりを通じて自分たちの技術が世界でどういった位置づけなのか?が明確になった気がします。

 

―BASFはドイツのメーカーで、ものづくりにおいても先進的だと思いますが

ドイツ自体が化学・ケミカルに強い国ですが、あまり「ドイツのメーカー」という印象ではなく「グローバル企業だな」と感じることの方が多いです。BASFのアジアの研究拠点は上海にあって、我々が基礎研究の話をしにいった事がありますが先方のチーム編成は色々な国籍の方がいますし、世界の市場を見ているので、各々のローカライゼーションへの意識も高いなと。

 

―化学業界はあまりベンチャー企業自体が少ないと思います、自分たちなりの役割を意識していますか?

サイトにも掲載していますが、化学工業って100年以上大きな変化が無いんです。
マイクロ波のエネルギー伝達手段を使って、という僕らのアプローチは、いわば動力の世界において「馬車」が「内燃機関」になって「水素・電機」になって、という変遷のような、非連続的な変化を起こす事だと思っています。

 

―既存の手法の延長線ではないもの

そう、従来の手法は反応器に熱媒を伝えますが、端の部分と中央部分でエネルギー伝達にムラができたりします。
僕らはマイクロ波のエネルギー伝達手段を用いて、電磁波が空間を通り分子エネルギーを直接対象物に伝える。起こしている作用・変化は一緒でも、アプローチが全然違う、「新たなもの」ですね。

 

―マイクロ波って電子レンジとか、元々あった技術でそれを別の分野に用いるってことですよね

仰る通り、電子レンジとかレーダーなど「電機分野の物理的な世界」ではマイクロ波の活用は当たり前、いわば成熟市場です。一方化学は文字通り「化学反応の世界」です。

電気の物理的技術を化学に転用するという意味で「新しい産業を興す」イメージですね。
電気と化学の重なった部分に「マイクロ波化学」という新産業ができる。社名はそれを表わしています。

 

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化学、物理、製造・・様々な分野の専門家が集まり独特の社内文化を形成している。

 

 


■毎年プラントを1つずつ増やす。新しい産業を興すために広く展開する


―新しい産業を興す、という点において直近で掲げている目標はありますか?

これも、一部関係者の方からは「無謀だ」と言われているのですが
これからは最低でも毎年1つずつ新しいプラントを増やそうと考えています。

 

―毎年1つプラントを増やしていく、って野心的な計画だと思うのですが。

もちろん、必ず100%自分たちだけでってことではなく、外部の協力企業と連携しながらですけど。
ただ、今年も来年もプラントを増やしていく全体の動きは進めていますね。

本来、ベンチャー企業の戦略というのは選択と集中だと思うのですが、マイクロ波化学としてはむしろ逆の展開を考えています。素材系ベンチャーで多いのは、例えば炭素材料とか何か1つ製品を作ってそれをひたすら売る。

僕らは燃料も、電子材料も、医薬、ペプチド合成も、自分たちの技術で作り出し売っていくために同時に新規事業を立ち上げていこうとしています。
普通に考えれば「それは無謀だからまずは1つ分野を選択してそこで一点突破」となるはず。

 

―普通に考えない方が良い理由がある?

技術の積み上げですね、基盤となる技術は共通でそこに挑戦的なプロジェクトを複数立ち上げると、後から振り返った時に僕らのノウハウの蓄積によって技術力が飛躍的に上がる。これが特定分野に絞ると技術の積み上げが少なくなる。

Amazonも似ていると思うんです。
元々ネット上のECでサービスを伸ばして、その後インフラに莫大な投資をしました、配送・物流とかデータセンターの規模も膨大で。明らかにECサイト運営会社として過剰投資だと叩かれた。でもいまそれが俯瞰で統合されて凄い強みになっている。

 

―確かにECだけでは今の形になっていないかもしれないですね

イメージしているものは同じです。色々なプロジェクトを立ち上げることで大きなインフラが形成できると信じ、いまはそれに挑むのが重要な時期。

恐らく1つ1つのプロジェクトから生まれる売上が億単位になるので、それらが繋がっていけば500兆円市場といわれる化学業界のなかで数兆円規模のものを生めると思います。
化学産業の一部を大きく変えようとしているので、それくらいの圧倒的実績を創らなければいけない。

 

―会社の事業を伸ばす戦略ではなく、新産業を興すための戦略

会社の意思決定としてはおかしい、反対も多い。でも最終的には合理的になる。
幅広い技術インフラとかノウハウの厚みと、それを生み出すチームが作れるようになり、結果的に1つの産業を創出できると思います。

 

―ベンチャーらしい戦い方を選択しない吉野さんからみて、ここは凄いなーって思うベンチャー企業ありますか

うちも提携していますが「ペプチドリーム」は凄いと思います。
技術の強みがある会社には「その技術を高いレベルまで持っていくこと」と「ビジネス面でしっかり儲かる仕組みを確立」が必要になるのですが、その両方を実現していると思います。

 

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燃料、タッチパネル、電池、食品、構造材・・・マイクロ波化学の技術は生活に身近なあらゆる分野に活用可能性がある。

 

 


■マイクロ波化学の技術は「今までにないケタ違いの課題に取り組まなければいけない」分野で本領発揮する


―選択しない、広く同時に立ち上げるという話ですが、現在特に興味がある産業をこの表から選んでみて欲しいのですが

参考資料1:未来を創る2025年の成長領域
参考資料2:未来を創る技術領域

どれも面白いんですよねえ。
実際にいま動いてるものでいうと、【宇宙産業】はJAXAと共同で「月や火星の地下にある水氷から水を取り出す」というプロジェクトで、宇宙空間で飲み水や燃料を地産地消する技術の開発をしています。

【自動車】関連も、既にやっていますね。モビリティにおける軽量化って世界的な命題ですし、元々多くの化学メーカーが部材を作っていて注力しています。食品添加物の開発も進めているので【食品・飲料】も当てはまります。

 

―今後やってみたい、の目線で選ぶとあとどの辺りでしょうか?

【エネルギー】全般は、そもそもエネルギー伝達手段の技術で当然あてはまるし、
【医療・創薬】も今後絶対注力しようと思っています。

日本の化学産業で直近20年で伸びているのは【機能性素材・電子材料】ですよね、薄く小さくという流れの中でそういった部品が求められる。
僕らの技術は均一にエネルギーを当てられるので、ナノ粒子とかナノワイヤーなど名のレベルの部材に強いと思います。

 

―ナノ技術は今後成長する分野と言われています。

従来の技術では、外部からエネルギーを加えた時に中心部の温度は低く、外側は温度が高くなる。これってナノ材料作る時に「ムラが出来る原因」なんです。

マイクロ波の技術だと直接エネルギーを伝達するので均一になります。
より高品質な10ナノメートルという世界で±10%以内の誤差のものを作りたい、と要求がどんどん高精度なものになります。これは工場建てて進めようとしていますね。

 

―要は化学製品を使う業界の人なら、分け隔てなく相談してほしいと。

それと、「とにかく今までの延長線上に無いものを作りたい」という場合ですね。
確かに聞かれるんです。「マイクロ波って何に向いてるの?」って、ただエネルギーの伝達技術ですから、僕ら自身気が付いてない領域にとてつもない可能性があるかもしれない。

 

―延長線上に無い、先ほどのナノ材料の話や軽量化の話ですね

そう、「従来1kg100円の材料を1kg10円にしたい」とか「品質レベル・純度のパーセントを2桁変えたい」とか、文字通りケタ違いの要求がある時に僕らの技術が生きると思います。

 

―非連続な素材、部材が求められている業界で導入を進める

いまはそうですね。
新しい技術で市場を伸ばすには、領域限らず非連続な変化を求めるところに導入していってもらうのがわかりやすい。ただその先で「マイクロ波技術で化学製品」がスタンダード化する頃には「あと5%品質を上げたい」というメインの市場に入っていくと思います。

 


プロフィール
マイクロ波化学工業
吉野 巌 代表取締役社長 CEO
三井物産(株)(化学品本部)、米国にてベンチャーやコンサルティングに従事(Reed Global LLC、Bionol Corp.)。 2007年8月、マイクロ波化学㈱設立、代表取締役就任(現任)。 1990年慶応義塾大学法学部法律学科卒、2002年UCバークレー経営学修士(MBA)、技術経営(MOT)日立フェロー。経済産業省・研究開発型ベンチャーへの投資判断に関する調査研究委員会委員。

インタビュアー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)