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ウイルスの力で癌細胞を破壊する

text by : 編集部
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(※)この記事は2013年11月1日にastamuse「技術コラム」に掲載された内容を再構成したものです。

 

近年、ウイルスのゲノム(遺伝情報)を遺伝子工学的に改変し、正常細胞では増えないが癌細胞では増える遺伝子組み換えウイルスを作製して、 癌治療に応用しようとする試みがなされている。これを癌のウイルス療法(oncolytic virus therapy)という。 遺伝子組換えウイルスを癌治療に応用するという概念は、1991年に米国ジョージタウン大学脳神経外科の Robert Martuza教授らにより初めて提唱された。

元来、ウイルスは病原性を有するものが多く、そのままヒト等に投与すると正常細胞にも悪影響を及ぼす。しかし遺伝子組換えにより、正常細胞内でのウイルス複製に必要な特定の遺伝子群を欠失または変異させることによって、正常細胞では複製できないが、増殖が盛んな癌細胞では複製できるというウイルスが作製できる。 遺伝子組換えによって癌細胞内のみ複製するよう改変された癌治療ウイルスは、癌細胞に感染するとin situ(その場)で複製し、宿主である癌細胞を破壊して細胞外へ出てくる。 周囲に散らばったウイルスが別の生きた癌細胞に感染すると、再び、複製→細胞破壊→感染を繰り返して抗癌効果を現す。一方、正常細胞に感染しても増えることができないため、正常細胞に害を与えることはない。

東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授は、1995年、ジョージタウン大学 Martuza教授の下で単純ヘルペスウイルスHSV-1の遺伝子組み換えウイルスである「G207」を用いた癌のウイルス療法の研究を開始した。しかし「G207」では癌治療に不十分と判断し、感染した癌細胞を免疫監視機構に見つかりやすくして、癌細胞殺傷力を向上した組み換えウイルス「G47Δ」を開発した(特許4212897)。

2003年、日本へ帰国、脳外科医として悪性脳腫瘍の手術にも携わる傍ら、2009年より「G47Δ」による進行性膠芽腫(脳腫瘍の一種で悪性度が極めて高い)に対する臨床研究を進めている。 さらに「G47Δ」以上に抗腫瘍活性の高い新規ウイルス「T-hTERT」等の開発にも取り組んでいる(WO2011/101912)。

将来は様々な組み換えウイルスが用意され、癌の種類や進行度に応じてウイルスを選んで処方する、そんな時代が来るかも知れない。

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