Interview

「脳の計測技術が変われば、脳科学の世界に劇的な変化が起きるんです。 」株式会社ラディックス代表 大原正規さん

text by : 編集部
photo   : 編集部,株式会社ラディックス

2007年にノーベル物理学賞で認められたTMR効果の原理は、その後ハードディスクドライブ用の磁気ヘッドなどに使われ、劇的な変化をもたらした。
その技術を脳の計測に用いて、脳科学の世界に変化を起こそうとする東北大発のベンチャー企業、株式会社ラディックス代表 大原さんにお話を聞きました。


長年の脳に関するプロジェクトで感じたジレンマ


―ラディックスは高感度磁気センサーを活用したヘルスケア製品の開発をされてるとのことですが、具体的にどういうものなんでしょう?

MRIってわかりますか?脳の検査をするための装置なんですが

 

―ベッドに横たわって、大きなドーナッツ状の機器に入っていく装置ですか?

そうです、僕は以前日立製作所グループ企業にいまして、当時から脳の計測に関するプロジェクトに関わってきました。
ああいった脳を計測する機器には一長一短あって、例えばあのMRI(fMRI)という巨大な機器は異常な箇所があればその部位を特定できるんですが、正確にはリアルタイム反応のデータではない。

そして頭に電極を刺すタイプの脳波計(EEG)機器は周波数帯を見るだけで部位の特定はできない。
脳磁計(MEG)というものはリアルタイムに脳磁の信号が見れます、でも身動きしちゃダメで、検査中に動くとノイズが発生して台無しになります。

 

―たしかに、以前MRI検査を受けたことがありますが、かなり仰々しくて非日常的な体験でした。

まさに。僕はその後株式会社センタンという会社でニューロマーケティングの事業を立ち上げに参画するのですが、例えば過去に顧客からの発言について耳を疑った事があるのですが、きちんと正確に理解をいただいた上で実験を行いレポート提出しても、「これって所詮、実験室で計測したデータでしょ?」と言われてしまうんです。

仰るように、検査中は「いつもの精神状態じゃない」状況になる。でも本来はバイアスの掛かってない「自然な状態の脳計測データが欲しい」と言われてしまう。


―自然な状態だと計測自体が出来ないですからね

そう、そもそも計測機器が変わらなければ脳計測、脳科学の世界がいつまでたっても変わらないぞ?と思っていました。

その頃、そのセンタン社在籍時にコニカミノルタの関係者とお話しする機会があって、
そこでいまラディックスで技術顧問をしている安藤教授の開発したセンサーを、医療機器として作っていこうというプロジェクトに出会います。

 

―そのセンサーが、冒頭の高感度磁気センサーですか

はい。先ほどの通り、僕は脳の計測機器自体が変わらなければ埒が明かないと思っていました。
安藤教授のセンサーはまさにその可能性を感じさせる技術だったんです。

当時のプロジェクトはその後色々とあり進めるスピードUPが困難になるのですが、
技術自体がとてもいいもので、プロジェクトの進捗が遅いからしばらく様子をみてなどと停滞させる事はできませんでした。
そこで、ラディックスの創業を決めます。

 

―なるほど

高感度磁気センサーは「TMRセンサー」というものでして。
TMR(Tunnel Magneto Resistance)自体は、2007年にノーベル物理学賞を受賞した技術で、その後ハードディスクドライブ用の磁気ヘッドに使われたりもしているものです。

安藤教授はこの技術をさらに改良し、感度を1,000倍に上げることに成功し、今年5月にはさらに感度1,500倍を実現しました。
(※参考リンク:室温動作の生体磁場センサの高出力化に成功~脳活動情報とMRIとの同時画像化実現に光~

 

※ラディックス社資料より抜粋。TMR素子を磁気のある場所に置くと、磁気の影響で電気抵抗の大きさが変わる性質をTMR磁気抵抗効果と呼び、この効果はハードディスクドライブ用の磁気へッドやMRAMに利用され記録密度の飛躍的な向上をもたらした。

※ラディックス社資料より抜粋。TMR素子を磁気のある場所に置くと、磁気の影響で電気抵抗の大きさが変わる性質をTMR磁気抵抗効果と呼び、この効果はハードディスクドライブ用の磁気へッドやMRAMに利用され記録密度の飛躍的な向上をもたらした。


■既存のMRI検査の根底を覆す「TMRセンサー」


―元々ハードディスクに使っている技術を、脳の計測に使うんですか

TMR素子というのは、2つの磁性体の間に絶縁体を挟んで向かい合っている構造です。
絶縁体が間にあると、何が起きますか?

 

―絶縁ですから、その間を電気がすり抜けられなくなる?

普通はそうです、本来絶縁だと間を電気が伝わらない。
この絶縁体の厚さを極限まで薄くし、材料自体にも工夫を加え、磁性体の間に数ナノメートルという極限まで薄くした絶縁体を設けて、さらに材料にも工夫を加えた2枚の強磁性体に電圧をかけると、電子は絶縁体をすり抜けることができるんです。

その結果電流が流れる効果がトンネル磁気抵抗効果(TMR効果)と呼ばれる現象となり、この感度を上げて、生体の検査にも使えるレベルにまでしたものが僕らの技術です。

 

―この生体計測にTMR素子を使うサービスは、世界的に似たものがあるんですか?

TMRセンサーを高感度にして、医療用に展開したものは現状では安藤教授のチームが開発したものだけです。
これを、いまは2つのプロダクトを掲げて活動を行っています。

1つは、脈を非接触で検出することができ、その解析結果をスマートフォンで見ることができるサービス。
もう一つは、僕たちと東北大学、そしてもう1社加えて3社共同研究で簡易の脳磁計測装置の開発に動いています。

 

―2つ目は、先ほどの脳の計測の話ですね

さっきMRI機器の話がありましたよね、あのMRI検査で使っているのがSQUID(※)という最高峰レベルの感度をもつものです。
ただ、このSQUIDはシールドの中で計測する必要があり、超伝導状態を維持するため液体ヘリウムで冷却する必要もあります。
※SQUID・・・superconducting quantum interference device(超伝導量子干渉計)の略称。極めて弱い磁場の検出に用いられる非常に感度の高い磁気センサの一種

 

―MRI検査が物凄い設備の中で行われる要因になってる部分ですね。

そうです、だから僕らがいま進めている研究はそういうシールドルームも不要で、ヘリウムで冷やす必要も無い、そして肌に直接つけたまま動いたりしても計測が出来る。そういうものを開発したいと考えています。

 

―東北大学は安藤教授の在籍するいわば研究拠点ですよね、生産体制はどうなっているんですか

実は、当初はファブレス(※)で進めようと考えていましたが、最近は自社内に生産拠点を持たなければと思っています。
ただ、自社生産に動きつつもセンサー自体は非常に魅力的なので、このセンサー自体を広めて利活用したいメーカーを募りたいなとも考えています。
※ファブレス(fabless)・・・製造のための自社工場を持たず外部に委託しOEM供給を受けるビジネスモデル

 

―自社で独占する気は無いんですね。

そうですね、先ほどのとおり自社生産はもちろん考えていますし、東北大が保有する関連特許をサブライセンス付独占的ライセンスで使用したり、ウェアラブル用に改良した技術で知財を取得したりはしていますが、このTMRセンサー自体を広めることで、個々のメーカーがカスタマイズしてどんどん使われるのが理想ですね。

 

TMRセンサーを応用したラディックス社のウェアラブルデバイス。脈波情報を非接触で検出する事ができ、独自の解析技術をスマーフォン側に搭載し、ストレス・リラックス状態を計測する。

TMRセンサーを応用したラディックス社のウェアラブルデバイス。脈波情報を非接触で検出する事ができ、独自の解析技術をスマーフォン側に搭載し、ストレス・リラックス状態を計測する。


■海外の大企業が関心を持つ脳科学分野、どんどん参入して話題になってほしい


―世界でも類例無い技術であれば、海外からの反響もあるのでは?

多少あります、ただ生産拠点や販売面ではまず日本国内からしっかり進めたい気持ちが強いです。
日本における半導体産業をどうにかしたいという想いもありますし。

あと、海外は地域によっては技術自体を模倣されるリスクもあるんですよ。
論文にも書かれていない、ちょっとした微細加工時のテクニックが肝心で、そういう部分を外に出しにくいです。

 

―海外だと、グーグルやフェイスブック等が医療、ヘルスケアの研究開発を強めるという報道もあります。

ちょうど今日ニュースなってましたよね。
(※取材日の前日、facebookが開発者向けイベント「f8」において脳波を使った非侵襲システムのプロジェクトを発表

ああいった動きは気になりますが、どんどん参入して話題になって業界自体を盛り上げてほしいと思います。

 

―警戒ではなく、歓迎しているんですね。

はい、脳科学って過去何10年振り返ると、かなり浮き沈みが激しかったんです。
過度な期待と反動による失望、それが繰り返されるのをずっと見てきました。

とにかく、話題になって「正しい現時点での技術」を知ってほしいんです。
過度に期待されると参入する企業が増える、そして風が収まると本気じゃない企業は去っていく。
その中で「本気で取り組むんだ」というプレイヤーが残ればいいと思います。

 

―知財を保有し、盛り上がりつつある医療分野、世界でも類例ない技術。となれば投資会社からのお誘いも多いのでは?

現在、複数社とのコンタクトはございますが、結果的に現時点で資金調達はしていません。

とにかく「この技術で脳をしっかり計測できます」の実現に邁進したいんです。
別にいい条件で事業をバイアウトしたり、IPOするという点を目標にはしていないので。

 

―「脳をしっかり計測できます」の実現はいつ頃を目指してますか

そんなに先の話ではないと考えています。
センサー技術自体は、その高いレベルまで研ぎ澄まされてきてますし、僕の体力も持たないので(笑)

今までは僕と安藤教授中心でしたが、福島県郡山市にある南東北病院の瀬戸先生を顧問に迎えまして、
福島県に当社拠点を置くことも決まりました。
現在ラボは東北大学のレアメタル棟にありますが、そこにも人を増やして将来的には活動の拠点を東北へと移したいと考えています。

 


■脳の計測によって、自分の体を「本質的に把握できる」世界


―脳をしっかり計測できると、どういう世界が広がるんですかね

会社の資料やウェブサイトにも「ウェルネス」と書いてますが、とにかく健康への貢献です。
目指すところとして、ストレス社会における【未病・セルフメディケーション】や【メンタルヘルスケア】ですね

最近ニュースで、車の運転中に突発的な発症を起こして事故を起こす。というのがたまに出ていますが、こういうのを見ると、もっと事前に何かできないのか?と思うんです。

 

―たしかに、何かしら体調の変化があるはず、と思います。

そう、体内の変化は意識しないレベルで起きていて、いわば信号化して伝達されている。
そこを計測するために体内に埋め込むのが一番いい、とおっしゃるお医者様の方もいらっしゃいます。

実際、問診での意思疎通が難しい症状の患者さんには、体内にチップを埋め込んで計測する事例も海外にはあります。

 

―自覚症状がない、うまく伝えられないケースもありますよね

それはメンタルヘルスケアの症状で顕著なんです。
生活でストレスを感じて、精神的に弱って、医者にかかっても薬を処方されるだけ、治っているのかいないのかよくわからないことになる。

本質的に解決するなら「先手を打つ」ことが大事なんです、自分の体で起きていることを早期に計測して、
それに対して正しい処置をする。

 

―なんとなく体調がおかしいと感じても、病院へ行くのが面倒という人もいる

だから、僕らは「普段から着用するもの」に組み込みたいんです。
あとは車載にセンサーを仕込んで、非侵襲で脳を計測するとか。

脈を測るだけでも非接触で計測するものは、最近こそ少し出てきましたが殆ど無いのが現状です。
定期的に脈を測った方がいい言われても、なんかやる気がおきない

 

―計測が簡単に出来て、治療が必要であれば病院へ行く。

実はその辺、脳って出来ることがいっぱいあるなと思うんです。
例えば、自閉症の子供に脳波を計測して、症状をなるべく抑えるようにニューロフィードバックを活用するとか、認知症も過去の論文で「後頭部のα波の出方で早期発見ができる」といったものがあります。

脳から出る信号、生体全体が得られる信号を「計測するだけ」ではなくて、それを把握することで自分の日々の生活を律することができるかもしれない。
そうすれば、ひどい症状になってから病院にいく回数自体が減らせる。

これって、いわばスポーツにおける「トレーニング」と近い。
僕らが持つ技術が直接的に医療行為へ貢献するには、恐らく5年とか10年掛かるでしょう、1社単独で実現するのも難しい。でも「簡単に自分の体を把握して、健康的に暮らすため」の技術としては近い将来に実現できると考えています。

 


大原 正規 株式会社ラディックス 代表取締役
キャノン、日立ブレーン、日立システムズ・テクノサービスを経て2013年に脳科学、ニューロマーケティングを展開する株式会社センタンの立ち上げに参画、その後東北大学の安藤教授と出会い、2015年に高感度磁気センサーを活用した製品の開発・製造・販売を行う株式会社ラディックスを創業し代表取締役に就任

インタビュー:波多野智也(アスタミューゼ株式会社)

<astavisionで取材してほしい企業からのご応募、記事へのご意見はこちらで受け付けております>

astavisionをフォロー

astavision独自の情報をFacebook、twitterでも配信中!

astavisionでは「成長している市場」、「未来を創る企業」を掲載しています。

Loading